これからはじめるCFD



正義のヒーロータイツンジャー!


永山ミツル、20歳。一応社会人なんです。
日頃の疲れがたたったのか、俺は変な夢を見てしまいました。

ふと気付くと、俺はどこかの会議室のような部屋にいた。
壁にはホワイトボード。その上の壁にはスピーカー。
長机が四角く島のように並べられていて、その周りにはパイプ椅子がいくつか置かれている。
天井には救急車の上に付いているクルクル回って光る赤いランプがついていた。

この部屋に窓はない。よって外の様子をうかがい知ることはできない。
俺はこの部屋の外に出てみようと思った。
ドアノブに手をかけようとした時、
ドガンッ!
「ブベボッ!」
俺は向こうから勢い良く開けられたドアと熱いキッスをしてしまった。なんて情熱的なんだ。
……という冗談はさておき、俺はドアに鼻をぶつけたのだ。ふいうちだ。

あー痛ぇ……。
赤くなった鼻を押さえながら、中に入って来た人達を見て驚いた。
何が驚いたって……全員全身タイツ着用。
しかも全員色違い。赤、青、黄、緑。どこかの防衛軍のようだ。

と、その中の一人、赤い全身タイツ男が俺を見て声をかけてきた。
「早かったなブラック。」
ブラック?なんのことだ。その時、俺は初めて気付いた。
自分も黒い全身タイツを着ていたことに。
「あ゛ーっ!!」
この驚きは言葉にすることはできなかった。
俺はただただ慌てるしか出来なかったんだ。

「皆紹介する。我がタイツンジャーに新しく入隊するブラック隊員だ。」
えさを求める金魚のように口をぱくぱくさせて慌てふためいている俺の様子なんて全く無視して、赤い全身タイツ男は俺を他の全身タイツ男たちに紹介した。
入隊?なんだそれは。そもそもこれは何の組織なのだ?タイツンジャーだと?!

「きみがブラックか。ヨロシク!俺はグリーンだ。」
グリーンと名乗った男はニカッと歯を見せて笑った。爽やかな男だ。
彼は当然。緑の全身タイツを着ている。
年齢は20歳前後といったところだろう。
全身タイツだからいい具合に筋肉がついているのもわかる。
こんな格好していなけりゃ女にモッテモテだろうに……。もったいない。

「どうもブルーだ。」
「はぁ、どうもぉぅっ?!」
青い全身タイツ男に右手を差し出されたので、一応握手はしてみた。
するとおもいっきり握られて、ギリギリッと変な音がした。手がちぎれるかと思った。
今わかった。さっきドアを開けたのは間違いなくブルーだ、と。
ブルーは、まあ一言で言うとマッチョなやつだ。推定年齢30代前半。
「わっはっは。悪い悪い。力の加減がどうにも難しくてな。」
……悪い人ではなさそうだ。

「イエローです。ここでは作戦参謀をやってます。」
イエローはブルーとは正反対でひょろひょろした男だ。
万が一ブルーとぶつかったなら間違いなく吹っ飛んで行くであろう。
ついでに命も落とすかもしれない。
イエローは眼鏡をかけているのだが、そのレンズはまさに牛乳瓶の底のようだった。
年齢不詳。若くも見えるし、老けても見える。

「そして私はレッド。ここの隊長をやっている。」
期待してるよブラック!、そう言いながら俺の背中をバシバシ叩いた。
かなり痛い。背中に赤いもみじがくっきりと出来ていることだろう。
レッドは、ちょっと腹の出たおっさんだ。年齢は40代ぐらいだろうか。

タイツンジャーの皆さんは、ある意味総じてキャラが濃い。
いつもそんなに目立つ方でない俺は存在がかすれて見えることだろう。

俺はレッドにいくつか疑問をぶつけてみることにした。
「あの……。」
「何だ?遠慮なく言いたまえ。」
「タイツンジャーって何なんですか?」
レッドは目を丸くして、とても驚いたような顔をして見せた。
「何ィ?!そんなことも知らずに志願したのか?いいか、タイツンジャーは日本を守る正義のヒーローだ!」
この姿で街中を歩いても一歩間違えればただの変態だよ。犯罪者になっちまうよ。
こんなこと言えないけどさ……。

ふと俺はレッドの言葉のある部分に反応した。
「あの今“志願”って言いましたよね?俺はこのタイツンジャーに志願したんですか?!」
「何を言っているんだ。きみはタイツンジャー新入隊員募集のポスターを見て応募し、オーディションの末、見事合格したんじゃないか。」
オーディションなんかするほど希望者がいたのか?
それ以前になんで応募してるんだ俺!!どうかしてるぜ。

「きっと合格の喜びで記憶が飛んじまってるんだろ。がっはっはっ!」
ブルー……それはありえないよ。
でも記憶が飛んだとしたらブルーによるドアとの熱いキッスの洗礼を受けた時か。

「それではブラックにタイツンジャーの活動と心得について説明しよう。適当に座りたまえ。」
言われるがままに座ろうとした時、天井のランプがピコピコと派手に光りだした。
そしてスピーカーから音声が流れてきた。
『事件発生。4丁目の柏銀行に一人の男が押し入り行員一人を人質にとり立てこもっている模様。男は拳銃を所持している。至急現場に急行したまえ。』

「残念だがブラック。説明は後回しだ。いきなり実践からのスタートだな。さあ皆、急いで準備だ。」
俺以外の隊員は次々と会議室を出ていった。
いきなりどうしたもんかと悩んでいると、ポンと肩を叩かれた。グリーンだった。
「大丈夫。俺たちがちゃんとフォローするから。」
アンタええ人や。俺はグリーンの爽やかスマイルで落ち着きを取り戻し、会議室を後にした。

エレベーターで地上に上り(さっきまでいた会議室は地下にあったらしい)、駐車場に出た。
そこに止まっていた一台の黒いワゴン車。車体の上には拡声器のようなものがついていた。
きっと救急車のように『道をあけて下さい。』とかアナウンスをするのだろう。
でも正義のヒーローって空を飛んでいくもんじゃないのか?
普通の車で登場なんて意外と地味なんだな。
と、のちに俺はいくつか思い違いをしていることに気づかされることになる。

思い違いその1。車の中はわけわからん機材でいっぱいだった。
さすがは正義のヒーロー。
これは事件解決のための道具なんだな。なんかタイツンジャーが格好良く思えてきたな。

「さあ出動だ。」
「イエッサー。」
レッドの合図に応えたのはグリーン。この車の運転手はグリーンなわけだ。
助手席には膝にノートパソコンを乗せたイエローが座っている。
そして後ろには機材と、適当にレッド・ブルー・俺、が座っていた。
なんていうか、ちょっと暑苦しい。

「よし景気付けだ!グリーン頼む。」
車が公道に出た後、レッドが何やら指示を出した。
「イエスボス。」
ポチっとグリーンがハンドル脇にあったスイッチを押した。
すると、外から不思議な音楽が聞こえてきた。
『チャンチャラッチャチャーン♪事件があればどこへでもー北へ南へー東へ西へー飛んで行っては速攻事件解決!みんなのヒーロータイツンジャー♪』
思い違いその2。車体の上の拡声器はこのテーマ曲とおぼしき音楽を流すためだったらしい。
さっき格好良く思えたと言ったことは前言撤回します。やっぱり格好悪い。
あと、登場が地味だと言ったことは取り消しますからお願いです。この音楽止めてください。

「頑張れタイツンジャー!」
「きゃータイツンジャーよ!!」
窓の外を見てみると、以外にもタイツンジャーは人気者なようだ。
様々な世代の人々から声援が送られている。
みんな、目おかしいんじゃないのか。だって全身タイツだぞ?

「さあもうすぐ到着だ。作戦の打ち合わせをしておこう。イエロー。」
「はい。」
助手席に座っていたイエローはノートパソコンを操作しながら説明を始めた。
「ここはこうなっているのであそこをこうしてこうすればうまくいくはずです。」
何?あまりにも抽象的すぎてわからない。
「みんなわかったな。私の合図で作戦開始だ。」
ラジャー、と俺以外の全員は答えた。
あれでわかっちゃうんだ。すごすぎる。
やっぱりタイツンジャーってすごいのかもしれない。
でも俺は全くもって理解不能だった。もう一度尋ねるべきか……。
色々と考えているうちに現場到着。
車内に参謀のイエローを残して俺たちは車を降りた。

現場には大勢の野次馬と警備隊がいた。
「あ、タイツンジャー。」
「タイツンジャーがいれば事件はもう解決ね。」
俺たちの姿を見た野次馬たちはみんな安堵の表情をうかべている。
そんなにタイツンジャーって信頼度高いんだ。
この時にはもう、俺は全身タイツを恥ずかしく思うことはなくなっていた。
むしろ全身タイツが誇りに思えてくるぐらいだ。

「行くぞ。」
俺たちは野次馬をかきわけて警備隊のいる前線へ向かった。
すると警備隊は銀行の入り口を半円状に囲う形で配備されていた。
銀行の入り口前には犯人と思われる男が、行員の女性の頭に拳銃を突き付けて立っている。

「警部殿、状況と犯人の要求は?」
レッドは近くにいるひげ面でトレンチコートを着た男に声をかけた。
この人が警部らしい。
「これはレッド殿。ご協力感謝します。状況は見ての通りこうちゃく状態が続いています。犯人の要求は銀行にある金全部と逃走用の車です。1時間以内に用意しなければ人質を殺すと言ってます。」
警部さんと赤い全員タイツのレッドがこんな風に真面目な話をしている光景はかなり微妙だ。

「まずは人質の安全確保が最優先ですな。ここから先は我々に任せていただけますかな警部殿?」
「はっもちろんです。」
警部さんがレッドに向かって敬礼をした。レッドってすごい人なのか、ふーん。
レッドは警部さんから拡声器を借りて犯人に向かって喋りだした。
『今、かわりの人質を用意するからその女性を解放してはくれんか?』
「わかった、そのかわり新しい人質を先に渡せ。」
犯人は素直にこちらの要求を受け入れてくれた。

「さて作戦開始だ。ブルー。」
「ラジャー。」
ナルホド。ちょっと銃弾が当たったぐらいじゃくたばらないようなブルーを代りの人質にするんだな。
と思ったが、それも俺の勘違いだったようだ。

「オラよっと!」
「……?!」
なぜかブルーは俺を片手でかついだ。そして、あろうことかそのまま俺を犯人に向かって……
投げた。
「うぎゃあぁぁあ〜!」
俺が人質なのか?コレが作戦だったのか?
俺はもう何がなんだかわからず、ただひたすら犯人に向かって飛んだ。

犯人も黒い全身タイツ男(=俺)が飛んでくるのに驚いて、俺に向かって銃をバンバンッと何発も撃ってきた。
「ぎぃ〜やぁあぉぅ!!」
もう叫ぶしかできなかった。
そして俺は犯人を直撃し、そいつを下敷きにして落下。
その途端、
「犯人確保ォ!!」
というレッドの声とともに警備隊は一斉に突っ込んできて、犯人はめでたく逮捕された。
人質の女性も無事なようである。

警備隊の山からなんとか脱け出し、タイツンジャーのみんなのもとに戻ると拍手で迎えられた。
「よくやった!」
ぐりぐりとブルーに頭をなでられ(首がもげるかと思った)、
「グッジョブ。」
グリーンは爽やかスマイルで親指を立てた手を前に出した。
嬉しいんだか悲しいんだかわからない。複雑だなあ。

「レッド殿!事件解決への協力感謝いたします。」
「いや、これが我々の使命ですから。」
俺たちの横ではレッドと警部さんの微妙コンビが会話を交わしている。

「撤収だ!」
ラジャー、レッドの指示で俺たちは現場を去ろうとした。
すると、
「全員敬礼!」
ビシッ、と警備隊は全員俺たちに向かって敬礼をしていた。
ちょっと、いやかなり良い気分だ。

帰りの車の中で、俺はもう一つ疑問に思っていたことを訊いてみた。
「なんで全身タイツなんですか?」
「それはタイツンジャーだからだろう。」
レッドはあたかも当然だ、とでも言うように答えたので俺は更に質問をぶつけた。
「タイツンジャーって何なんですか?」
「さっきも説明しただろう。正義のヒーローだよ。」
「正義のヒーローだったら別に全身タイツじゃなくても良いのでは?」
どうやらこれは禁句だったらしい。
車内にブリザードが吹き荒れるが如く、温度が氷点下まで一気に下がったような気がした。

ここで俺は目が覚めてしまった。本当におかしな夢だったなあ。
でも、続きが見たいような見たくないような。
「さて、今日も会社だ。起きて準備するか。」
いつものように、顔を洗って、朝食を食って、歯をみがいて、スーツに着替えようと思った時、俺は固まった。
なぜならスーツの横に黒い全身タイツがハンガーに丁寧にかけられていたから……。
「?!」

* * * finish. * * *