「あ、京介と駿!!」
部活も生徒会会議もなかったある日。
スポーツショップへ寄り道した帰り、京介と駿は懐かしい人物に出会った。
「さく、ら……?」
突然過ぎて、頭の回線がうまく繋がらず、京介は自分たちを呼びとめた少女の名前をうまく思い出せなかった。
「あ、忘れられてなかった。良かった〜。」
さくらと呼ばれた少女は、安堵の笑顔を見せる。
飯田さくら。中学時代、京介と駿が所属していたサッカー部のマネージャーをしていた。
「久しぶりだな。卒業してから一度も会わなかったもんな。」
「そうだね。やっぱり二人、今も一緒に居るんだ。」
駿の隣には、中学時代からずっと京介がいる。それは、もう指定席みたいなものだ。
「居たくて一緒に居るわけじゃないけどな。」
「えっ、そうなの?!」
駿の言葉を聞いて、さくらの代わりに京介が驚いた。
「あはは、やっぱりそういう関係も変わってないんだね。ある意味安心したよ。」
ショックを受けている京介とは裏腹に、さくらは大笑いをした。
「ねぇ、今暇?」
「暇っちゃあ、暇だけど?」
駿が時計を見ながら答えた。
「じゃあさ、ちょっとお茶しようよ!近況報告会も兼ねてさ!」
* * *
「ここの紅茶美味しいんだー。あ、コーヒーも絶品だよ。」
ウキウキしながらメニューに目を通すさくら。
どこに行くか、という相談をすることなく、さくらはこのカフェに二人を引っ張って行った。
「さくら、キサ女だっけ?」
同じくメニューに目を通す京介が尋ねた。
如月女学院、通称・キサ女。由緒正しき伝統ある女子高だ。
「そうそう。女ばっかの高校ねー。」
「俺たちも男ばっかだって。それにしても、由緒正しき学校の生徒も寄り道なんてしていいのか?」
「あたしが一般の中流階級の家庭の娘だって知ってるでしょ?それに、案外キサ女もあたしと同じような境遇の子ばっかりだよ?チャリ通とか公共交通使って来る子も多いし。黒塗りの来るまで送り迎えの方がむしろ希少価値高いって。」
「へぇ〜、知らんかった。」
「ってか、お前らさっさと何にするか決めろよ。」
会話を続行しつつも、なおもメニューを眺めている二人にしびれを切らした駿が口を挟んだ。
「あ、ゴメン。あたし優柔不断なんだよね。」
「俺も俺も〜。」
「喋る余裕があるなら、さっさと決めろ。」
とイライラしている駿をよそに、“すぐになんて決められないよね〜”と言いながらさくらと京介はメニュー選びを続けた。
しかし、駿がイライラするのは当然である。店に入ってから既に20分が経過していたからだ。
「(京介が二人……。)」
駿は呆れて、携帯をいじり始めた。
「彼女?」
「は?」
さくらがメニューごしに駿を見ていた。
「だから、彼女におメールかな?と思って。」
「いや、そんなん居ないし。」
「え、ウソ?!」
「嘘ついて何の得になるんだよ。それに、今も隣に京介が居るあたりからだいたい分かるだろ。」
「あ、なるほど。」
さくらは手をポンッと叩いて、納得のポーズを取った。
「そんなことよりさっさと決めろよ。」
駿はメニューを指差して言った。そろそろ我慢の限界だ。
「あたしは決めたよー。京介は?」
「俺も決めた。」
「すいませーん!注文お願いしま〜す。」
さくらは手を挙げて店員を呼んだ。
「で、なんで?」
「何が?」
運ばれてきたケーキを食べていたさくらが、駿に質問を向けた。
フォークを駿に向けて、インタビューの形まで作っている。
「どうして彼女がいないのかな、と。」
「どうしてって……いないからいないわけで。理由はないんじゃないか?」
コーヒーに口をつけつつ、答えた。
「そういうもんかなぁ?」
さくらは納得が行かないようだった。
「何が不満なんだ?」
「だってさ、京介はともかく、駿が独り身なのはおかしい!」
「ちょっと待て!俺はともかく、ってどういう意味だ。」
ずっと黙って話を聞いていた京介は、突然自分がけなされたような気分になり反論した。
「だって、京介って不思議系で何考えてるかわかんないし、勝手にフラフラどっか行っちゃいそうで、付き合ってから苦労しそうなんだもん。」
「それはあるな。」
さくらの見解に、駿が同意した。
「そうかぁ〜?」
京介はイマイチしっくり来ないようで、首を傾げていた。
自分のことは、自分が一番わからないものだ。特に京介の場合は。
「その点駿だったらさぁ、しっかりしてて頼りになりそうだし、ソツなさそうだし、背が高いのはかなりポイント高い。」
親指をグッと突き出してさくらは言った。
「悪かったな、背高くなくて。」
さくらの最後の言葉に京介がちょっとだけ拗ねた。
「さあ、どうだろうな?」
駿が含みをもったような顔で笑った。
「そうそう、駿と付き合ったら相当苦労するぞ?何かあると散々嫌味言われるしさぁ、心は狭いしさ、性格もわ……」
「そういえば京介さぁ、中3の時さくらのこっ……」
「いや〜、駿は本っ当に良いやつなんだけどな〜。はっはっはっ。」
危うく駿に過去の秘密をバラされそうになり、京介は意見をガラリと変えた。
「え、あたしが何?」
それでも、さくらは駿の言葉の中に自分の名前が登場してたことを聞き逃さなかった。
「えぇ?さくらのことなんて言ってないぞ?」
とは言いつつ、京介は明らかに目線が泳いでいた。世界水泳のバタフライ並に泳いでいる。
「嘘つけ。絶対“さくら”って言ったよね、駿?!」
「あぁ。京介が中学生の時“さくらもち”食べ過ぎて腹壊したって言おうとしただけ。」
京介とは違い、駿は全く動じずに言った。
「なんだ。そんなことか。京介なら普通じゃん。」
さくらは、再びケーキを食べ始めた。
ピンチを脱した京介だが、
「(俺って、そういうイメージなの?)」
さくらの“京介なら普通”が非常に頭に引っ掛かって仕方なかった。
「駿って、中学校の時結構女の子に人気あったの知ってる?」
「何回かは呼ばれたりしたけど。」
中学生の頃は周りを男(ほとんどサッカー部員)で囲み、近寄りがたいオーラを放っていた駿は、中3になって、サッカー部の部長になってから校内で有名になった。
有名になると、自然と日頃の生活も見られるようになる。すると、京介とのやり取り(ボケとツッコミ)が目に付くようになり、『そっか、葵君もツッコミとかする普通の人なんだ。』という認識に変わり、株が急上昇したのだ。
「あのさぁ。ちょっと気になったんだけど、さくらって駿のこと好きだったのか?」
「……え?」
さくらのフォークを動かす手が止まった。
「だってさ、なんかさっきから駿のこと褒めまくってるし。そうだったのかな、と思って。」
「……。」
さくらは自分をじーっと見つめる京介を見て、“ハァ”と溜め息をついた。
「え、何、俺、変なこと言った?」
さくらの反応の真意が理解できない京介は、駿の方を見た。
すると、駿は声を出さないで“バカ”と口だけ動かした。
* * *
「ありがと。色々話せて楽しかった!」
それから結局3時間カフェで粘った。
とは言っても、8割方さくらが喋り、時たま京介と駿に話を振る程度だったのだが。
「気をつけて帰れよ。」
「だいじょうぶ。駅から近いもの。じゃね!」
駿の言葉にさくらは手をヒラヒラさせて答えた。
さくらは、京介と駿の乗るホームと違うホームへ向かって走り出した。
すると、くるりと振りかえって京介を指差して言った。
「昔、あたしが好きだったのは、京介、アンタ。」
「えぇっ?!」
突然の告白に、京介は驚愕した。
「まぁ、それも若気の至りだったってことよね。今は落ちつきのある人の方が好きだし。また機会があったら会おうね!」
“バイバイ”と手を振って、さくらは再び走り出した。
さくらの背中が人ごみに消えるまで、京介はボー然と見ていた。
「オイ、京介。」
「あ、あぁ。」
駿の言葉で京介は我に帰った。
確かに彼女は自分のことが好きだったと言った。
「あのさ、駿。」
「あん?」
「するってぇと、俺はあの時さくらと両想いだった、と。」
「そういうことになるな。」
さっき、カフェで駿が暴露しかけたのは『そういえば京介さぁ、中3の時さくらのこと好きだったよな。』ということ。
「何でそんなに冷静なんだ?やぱり他人の恋路は興味ないか?」
「いや、俺知ってたし。」
「はぁ〜?!」
またしても京介は驚いた。ということは、自分の気持ちとさくらの気持ち、両方を知っていた、と。
「ちょっと待て。何で知ってるんだよ?!」
「さくらの気持ち知らなかったのはお前だけだって。部活のやつらは全員知ってた!ま、お前の方知ってたのは俺だけらしいけどな。」
自分だけが知らなかった。この時ほど自分の鈍感さを呪ったことはない。
「だったら何で協力してくれなかったんだよ?!」
「何言ってやがる。俺は何度も『言えば?』って助言してやっただろ。ちなみにさくらにも相談されたけどな、『大丈夫だから、好きなら告れ。』って言ってやったんだぞ。それなのに、どっちも何もアクション起こさねぇし、お前ら揃って『やっぱりダメな気がする。でも、言おうかな。どうしようか……。』って優柔不断さがここぞとばかりに発揮されてるしさ。これ以上俺に何をしろって言うんだよ。」
「はい、すみません。」
駿も実は陰で協力してくれていたらしい。
京介は、自分の優柔不断さも呪った。今日は呪いの日だ。
これは、知らなかったほうが良かったのだろうか。
「帰らないのか?」
声をかけられた時には、駿は既に京介から離れた所に居た。
「帰るよ。」
過去のことを悔やんでいても仕方ない。
気持ちの切り替えが早いのが、自分の良いところだ、と京介は思った。
とりあえず優柔不断と鈍感なのは直そうと心に決めた、17の夏
>>>>あとがき
ちょっと番外編を書いてみました。思いつきで。
京介君の実らなかった恋の話、ということで。