これからはじめるCFD
夏が終わる前に



01. おはよう



朝練を終えて教室へ行くと、彼らはもう着席して談笑していた。
いつもはHRギリギリに教室へ飛びこんでくるのに珍しいな、と思いながら自分の席へ足を向ける。

「あ、おはよう瀬戸さん」
「はよー瀬戸」
「おはよー。二人とも今日は教室来るの早くない?」
一番に声を掛けてくれたのは私の前の席の古賀英志くんだ。
続いてそのお隣の三宅浩紀くん。
二人は野球部所属で、ポジションは古賀くんがセカンド、三宅くんがショートだった気がする。
ちなみに、私が瀬戸です。瀬戸ますみです。

「練習メニューがキリ良いところで終わったら、こんな時間になったんだよね」
「ところでさ、オレら瀬戸のことすごい待ってたんだよ」
「え。なんで?」
何か約束でもしてたっけ?など考えてはみたが全く記憶にない。
「「英語の訳見せて?」」
「オイ」
二人の声が見事に揃った。
待ってたって、そういう理由かい。

「いやー、昨日部活終わって、家帰って、10分だけ寝てからやろうと思ったら、気付いたらもう朝だもんね。いやー、びっくりしちゃったよ」
「英志も?偶然だなー、オレも一緒」
「偶然っつーか、典型的すぎない?」
ちょっと寝てから勉強しようというのは典型的失敗例だ。
それに泣いた学生は数知れず。
「細かいことは気にしない気にしない。ねー、お願いだからノート貸して?」
「えー、タダで?」
「しょーがねぇな。じゃあ、俺がカラダで払ってやるから」
「…………」
「あのさ。そのあからさまに嫌そうな顔やめてくんない?さすがに浩紀くん傷つくわ」
「ごめん。えーと、じゃあ、なんでやねん?」
「ツッコミ遅い上にぬるいから。しかも疑問系かよ」
「あははっ、浩紀、残念だったね……あはははは」
私と三宅くんのやりとりに古賀くんが腹をかかえて笑い出した。
目には涙まで浮かべている。
「英志、おま、笑いすぎだろーが」
「いや、だって、瀬戸さん、心底嫌ですって顔して……あっはははは」
三宅くんはもうどうでもいいという顔をして古賀くんを見ていた。
古賀くんは笑い上戸だ。しばらく止まらないだろうということを私も三宅くんもよく知っている。
何を言っても笑いを増長させるだけだろう。
こういうときは黙っておさまるのを待っているに限る。



「あー笑った笑った」
数分後、ようやく古賀くんの笑いはおさまったようだ。
彼は目の端に溜まった涙を指でぬぐった。
その様子を三宅くんはあきれたように見ていた。
「そーかよ。よかったな」
「浩紀も笑いが取れてよかったね」
「よかねーよ」
こんなやり取りをしている二人でも、本当はものすごく仲が良い。
「で、英語のノートはいらないの?」
「「いる!」」
またしても二人の声が見事にハモッた。
言い合いをしていた二人が一斉に私のほうを見る。
正直、ちょっとびびった。
「でも、俺のカラダじゃ不満なんだろ?」
「なんかいかがわしいよ、浩紀」
「セクハラだよ、三宅くん」
私と古賀くんは顔を見合わせて、ねえ?と声を揃えた。
「っつーか、なんで俺ばっかなんだよ?!英志だって何か献上品を考えろ!俺らの成績がかかってるんだぞ?!」
そりゃ当然の感想だ。
っていうか、成績が心配なら家で自分で予習頑張ればいいのにと思ったけど、言わないことにした。
「えー?じゃあ……俺のカラダ?」
「……あのさ、二人ともそんなに自信があるわけ?」
まさか古賀くんからそんな言葉が飛び出るとは思わなかった。
三宅くんはなんとなく予想の範囲内ではあったけど。
「そりゃ、鍛えてるからね」
「トレーニングは毎日欠かさずしてるし」
「わかった。そんなに自信があるなら二人にカラダで払ってもらう」
「え、そんな、まさかの3……」
「はい。よろしく頼むよ」
三宅くんの下ネタ発言を遮って、私は手のひらを上にして両腕を机の上に置いた。
「は?なに?」
「腕だよ」
「そりゃ見てわかるっつーの。何をしろと?」
「揉んで。最近部活ハードでさ、疲れたまっちゃって」
レギュラー争いが激しくてさ。こっちはもう必死なわけよ。
最後の夏大は出たいじゃない。
「あとでちゃんとノート貸してくれる?」
「次の章まで和訳済みの英語ノートでよければ」
「「よろこんで!」」
二人は嬉々として私の腕を取ってマッサージをはじめた。
古賀くんは左手、三宅くんは右手。
うん。なかなかのもんじゃないか。
「腕終わったら次は肩ね」
「「はい、よろこんで!」」


古賀くんと三宅くんが私の英語のノートを手に入れたことろには、二人は限界そうだった。
今日の部活大丈夫かなとは思ったけれど、野球部はこれぐらいでくたばるような鍛え方はしてないだろうと勝手に自分のなかで結論付けた。



そんな、朝の一コマ。


そして、
今年の夏も幕を開けた。


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