これからはじめるCFD
夏が終わる前に



02. 揺れる



「瀬戸、まだ決まんねぇの?」
「瀬戸ちゃんって、意外に優柔不断?」
「ちょっと黙ってて!もう決まりそう、いまにも決まりそう!!」
私は一体何に悩んでいるのかというと、
「ファミレスのメニュー一つでここまで悩むのかよ」
あまりに時間をかける私を呆れ顔で見るのは三宅くん。
そう。ファミレスで何を頼むか決めかねているのでした。
どうして私が古賀くんと三宅くんと一緒にファミレスにいるのかは、およそ30分前に遡る。
部活終わりの二人と校門でばったり会い、お腹すいたねーなどと話してるうちにファミレスへ行こうという話になったのだ。
「オムライスもいいけど、このハヤシライスも捨て難いし……」
私の心はオムライスとハヤシライスの間で揺れに揺れていた。
「瀬戸ちゃん、俺めちゃくちゃお腹すいたんだけど」
古賀くんが早く決めるように急かす。
最近、古賀くんの私への呼び方が“瀬戸さん”から“瀬戸ちゃん”に変わった。
古賀くん曰く、こっちのほうが可愛いじゃん、ということだ。
「あとちょっと待って!」
きっともうすぐ決まるから。
「よし、もうボタン押しちゃおう!」
空腹の限界に耐えかねた古賀くんは強攻策として手元にあった呼び出しボタンを押してしまった。
ピンポーンという音が店内に響き渡る。
「ちょ、古賀くん!」
「早く決めないと店員来るぞ」
さらに三宅くんが追い討ちをかける。
「えーっと、うーんと……」
もうわずかな時間しか残されていない。
たかがファミレスのメニュー、されどファミレスのメニュー。
私にとっては大問題だ。ああ、もうどうしよう。
「わかった。俺が決めるよ。このハンバーグ定食にすればいいと思う」
「え、なんで古賀くんが?っていうか、ハンバーグは選択肢になかったんだけど」
「瀬戸ちゃんに任せてたら一生決まらないから」
「お待たせしました」
反論しようとしたところで、店員さんが来てしまった。
タイムアップだ。
「日替わり定食と生姜焼き定食とハンバーグ定食。あ、ご飯は全部大盛りで。あとドリンクバー3つ」
古賀くんが全員分をオーダー。
やはり私はバンバーグらしい。
しかも私もご飯は大盛りですか。食べるられるけどね。余裕で。
「かしこまりました。ドリンクバーはあちらから御自由にお持ち下さい」
ジューサーとグラスが並んでいるコーナーを手で指してから、店員さんは一礼して下がって行った。
「じゃあ浩紀、俺烏龍茶ね」
「は?」
「烏龍茶持ってきてって」
「…………はいはい」
三宅くんは一瞬何か言いかけてやめたようだった。
テーブルに片手をついて立ちあがった。
「瀬戸は?」
「え?」
「飲み物、何が良い?ついでだし、俺持ってくるけど」
「3人分だよ?持てる?」
「大丈夫大丈夫。浩紀は手デカイから余裕だよ。ね?」
「そうですね。で、何が良い?」
三宅くんはさらっと古賀くんの発言を流した。
本心ではいろいろとツッコミたかっただろうに。
「じゃあ、アイスコーヒー」
「りょーかい。砂糖とミルクは?いる?」
「いらない。私、ブラック派だから」
「ん。わかった」
そう言って三宅くんはドリンクバーコーナーへ行ってしまった。
無意識にその背中をじっと見ていたら、逆に視線を感じた。
正面に座る古賀くんの視線だった。
「えっと、私、顔に何かついてた?」
「目と鼻とくちー」
「それ、小学生の時に流行ったセリフ……」
「懐かしくない?」
「そりゃ懐かしいけど……」
前々から思ってたけど、古賀くんと話してると力が抜ける。
別に悪い意味じゃなくて、良い意味も多少は含まれている。
「浩紀が気になる?」
「え?なんで?」
「なんでって……随分熱い視線を送っていたな、と思って」
確かに三宅くんを見てはいたけど。
「三宅くんに恋してそうに見えた?」
「うん」
「そんなんじゃないんだよ」
そう。そんなピンク色な話ではないんだ。
「どっちかっていうと、羨望の眼差し、かな」
古賀くんはよくわからないという顔をしてこちらを見ていた。
「私、あまり背高いほうじゃないからさ、三宅くんが羨ましいの」
今年の春の身体測定時に三宅くんに身長を尋ねたら、183センチと答えた。
それが、158センチの私からしたら羨ましくてしかたないのだ。
「瀬戸ちゃんだって女子の中ではそこまで低いわけじゃないでしょ」
「そうなんだけどねー。やっぱりバスケ選手としては低いでしょ」
「女子の高校バスケ界ってそこまで背高い選手いるの?男子はいるかもしれないけどさ」
「やっぱり背の高い選手と対峙した時は165センチは欲しかったなって思うよ」
精一杯ジャンプしても、伸ばした指先をかすりもせず越えて行ったボールがゴールに吸いこまれた時は、ものすごく悔しい。
「瀬戸ちゃんはそう思うかもしれないけどさ、俺は瀬戸ちゃんがその身長で良かったって思うよ」
「え、なんで?」
「だって、男女の理想の身長差は15センチっていうでしょ。俺、173センチ。丁度15センチ差だよ」
「お、ぴったり15センチだね。すごいすごい」
あまりに古賀くんが無邪気に笑うから、私もつられて笑った。
「まあ、瀬戸ちゃんが身長が高い浩紀のほうが好きっていうなら、どうしようもないけどさ」
そう言って古賀くんはグラスを3つ持ってこっちへ戻ってくる三宅くんの方を見た。
さっきはあんなに楽しそうに笑っていたのに、急に真剣な顔つきになった古賀くんに私は何も返すことができなかった。
この時、私はどんな顔をしていたのだろうか。
そして古賀くんはどうしてこんなことを言ったんだろう。
私には全く古賀くんの意図が読めなかった。
「あい、お待たせ。英志のウーロンと、瀬戸のコーヒーね」
ゴトンと音を立ててグラスを3つまとめてテーブルに置いた。
「サンキュー、浩紀」
「あ、ありがとう」
「やべ、ストロー忘れた」
ソファーに座りかけた三宅くんが慌てて再び腰を上げた。
「いらないっしょ。あ、瀬戸ちゃんはいる?」
「ううん、なくても大丈夫」
「だってさ。だから浩紀も座れば?」
そう言いながら古賀くんは三宅くんの制服の裾を引っ張った。
「あ、うん」
それぞれグラスの中の飲み物で喉を潤す。
水分補給に夢中で、しばらくお互いに無言の時間が続いた。
さっきの古賀くんのセリフを思い出す。
彼にしてみれば、特に深い意味はなかったのかもしれない。
そうだ。古賀君のいつもの突飛なセリフとなんら変わらないではないか。
気にしたら負け。そう自分に言い聞かせた。


「瀬戸?」
「は、なに?!」
「いや、グラス持ったままボケーッとしてるからどうしたんかと思って。部活そんなにきつかった?」
三宅くんが心配そうに私の顔を覗きこむ。
「あ、そ、そうかも。今日は外周したからだいぶ体力消耗してるっぽい。でもご飯食べたら復活するよ。ごめんね、ありがとう」
「いや、別に大丈夫ならいいんだけど。無理すんなよ」
そう言って三宅くんは笑った。どこか優しい笑顔で、そんな顔は初めて見た。
三宅くんの顔を見て、自分の心臓が跳ねるのを感じた。
なぜだろう。あ、そうか。
「驚いた」
「は?何が?」
「そんな三宅くんを初めて見たもので」
「どんな三宅くんだよ?」
「優しい三宅くん」
「おい、瀬戸」
「プッ」
私の言葉に反応したのは三宅くんだけではなかった。
同時にデザートメニューに夢中だった古賀くんが吹き出した。
目はメニューに向いていても、耳はこちらに向けられていたようだ。
「英志、なんで笑う」
「だって浩紀ってば、瀬戸ちゃんにセクハラ発言ばっかりしてるからだよ。でしょ、瀬戸ちゃん?」
「正解です。古賀くん100点獲得」
「やった!」
「どんなクイズ番組だよ」
三宅くんは心底呆れたような顔をして突っ込んだ。
「っつーか、浩紀のイメージ……最低。あははは」
「うっせーよっ!それより人の不幸をそんなに笑えるお前が最低だ!!」
目の端に涙を浮かべている古賀くんの後頭部をバシッと叩いた。
おかげで古賀くんの笑いの波はあっさり過ぎ去った。
古賀くんは叩かれた部分を右手で押さえながら三宅くんをジロッと睨んだ。
「痛いんだけど、浩紀」
「俺の心のほうが痛いに決まってんだろ」
真面目に言う三宅くんがおかしくて。
思わず笑ってしまいそうになったけど、なんとなく笑ってはいけない気がして必死にこらえていたら、
「それよりさ、浩紀ってばギャップで攻めるタイプなんだ。いつもはセクハラばかっかりするくせに、たまに優しい一面を見せてみたり」
「ちげーよ。ってか、知らねーし、そんなん」
「じゃあ、今度からそうしなよ。それで夏までに彼女ゲットだね」
「大きなお世話だよ」
「お待たせしました!日替わり定食のお客様」
それぞれの頼んだ物が、それぞれの前に置かれる。
もちろん私はハンバーグ定食だ。
「「「いただきまーす」」」
まずは一口ハンバーグを口に運ぶ。
美味しい。デミグラスソースが良い感じだ。
選んでくれた古賀くんに感謝だ。
古賀くんも三宅くんもよほどお腹がすいていたのか、食べることに必死でしばらく無言だった。
勿論、私も。


「瀬戸ちゃん、随分美味しそうに食べるね」
「だって美味しいもん。ハンバーグにして良かったなってちょっと思った」
「だろー?俺に感謝してよ」
「してるしてる。ありがと、古賀くん」
「じゃあ、御礼代わりに一口頂戴」
「だったら、古賀くんの生姜焼きも一枚頂戴?」
「それ、比率違うと思うんだけど」
「わかった。したっけ、生姜焼き一枚分ハンバーグ持ってっていいよ」
「それなら良いよ」
お互いにお皿を近づけて、それぞれの目的のハンバーグと生姜焼きを交換した。


「それにしてもさ、俺、まさか瀬戸とこうしてファミレス行くような仲になるとは思わなかった」
豚汁の入ったお碗を手に取りながら三宅くんが呟いた。
「あー、確かにそうかも。私だって、こうして二人とご飯食べてるとか考えたことなかったし」
「すべては各種教科のノートが取り持つ友情だね」
「ちょ、それって私の各種ノートがなければ仲良くならなかったってこと?」
私がそう言うと、古賀くんは、
「そういう意味じゃないよ」
と言って笑った。
「確かにノートから始まった仲かもしれないけどさ、今はもうそんなん関係ないじゃん」
「そうそう。普通に俺ら仲良しさんでしょ。ノートがなくたって仲良しだよ」
「ほんとに?」
「「ホントホント」」
「じゃあ、証拠として三宅くんのコロッケが欲しい」
「ちょ、それ違くね?」
「だったら俺も……」
「英志まで何言う気だ」
三宅くんがジロッと古賀くんを見ると、古賀くんは「冗談だよ」と言っていたけれど、たぶん本気で何か奪う気だったんだろうと思う。
「勢いでご飯全部大盛りにしてもらったけど、瀬戸ちゃんってガッツリ食いたい系?」
「うん。ご飯2杯は軽く食べれる。だってさ、運動するとすぐお腹すくじゃんね」
「ご飯いっぱい食べる子って、俺けっこう好きよ」
「浩紀ってばいきなり瀬戸ちゃん口説かないでよ」
「口説いてねーって」
「今プロポーズされても、私答えられない」
「発展しすぎだろ」
私と古賀くんが「冗談だよ」と言って笑うと、三宅くんは大きく溜息を吐いてから「知ってるよ」と呟いた。


私か古賀くんのどちらかがボケて、もう片方がそれに便乗して、さらに三宅くんが突っ込む。
この関係が成り立つようになってから、前より毎日が楽しい。


大事なクラスメートで、大事な友達だから。


二人とはずっと仲良しさんでいたいから。


でも、ヒトの気持ちなんて予測不可能なものなんでね。


心が動き出すのは、
もう少し先のハナシで。


BACK     TOP     NEXT