校舎の三階の端っこにある図書室へ続く渡り廊下は人通りが少ない。
そもそも図書室を利用する生徒が少ないからなのだけど。
公立高校の図書室なんてそんなもんだと思う。
私はそこそこ本が好きだから頻繁に活用していたわけだけど。
だから今日も図書室に行こうとしてあの渡り廊下を通ろうとしただけだったのに。
図書局長のジュリア(あだ名)から購入希望を出していた本が届いたという連絡を受けたから借りに行こうとしただけなのに。
目撃してしまった。
三宅くんと見知らぬ女の子が熱い抱擁を交わしている現場を。
私からは三宅くんの背中しか見えなかったけど、女の子の腕はしかと彼の背中に回されていたわけで。
あの腕の位置から察するに、女の子の身長は165センチ以上あると思う。
長身カップルか。お似合いじゃないか。
そうだよね。あまり気にしたことなんてなかったけど、彼女ぐらいいるよね。
だって、なんだかんだで三宅くん性格良くて優しいもん。
隠れファンだってたくさんいるに違いない。
そんな彼のハートを見事射止めたのはあの子。
この現場でずっと盗み見してるのも良くないので、私はとりあえず教室へ戻ることにした。
放課後の教室には誰もいなかった。
「珍しいなぁ」
いつもなら誰かが課題なり自習なりしているのに。
自分の席に座り、ふと窓際に目をやると、窓ガラスは雨に濡れていた。
そうか。みんな雨がひどくならないうちに帰ったんだ。
今日の予報では一日中晴れのはずだったのに。
最近の予報はあまりアテにならないなぁ、とか考えながらしばらくボケーッと外を見ていた。
「あ、本取りに行けなかった」
結構楽しみにしていた本だったからすぐにでも読みたかったのだけど。
今日はもうあの渡り廊下に行きたくはなかった。
まだ二人がラブシーン続行中だったら困る。
あれ。困る?なんで困るんだろう?
盗み見したら悪いから?
それは人として当たり前の感情なんだけど。
でもなんか違うな。困るっていうか、心が痛い。
あれ。なんで痛いの?
友達が大好きな彼女とラブラブなのは喜ばしいことでしょ?
三宅くんが幸せで私もハッピーなはずなのに。
素直に喜べない自分がいる。
あれれ?もしかして私……。
いやいや違うでしょ。違う違う。
昔かけられた古賀マジックの後遺症だわ。
なんて強力なんだろう。
もう帰ろう。
後ろの机には三宅くんの鞄が置いてあるから、きっとそのうち彼はここへ戻ってくる。
今顔合わせたら平常心で対応する自信がない。
私は急いで準備をして、ロッカーから置き傘を取り出した。
さあこれで帰れるぞ、と思ったとき、
「あれ、瀬戸だ」
「み、三宅くん」
ドアの所に立ってこちらを見ている三宅くん。
タイミング良く戻っていらっしゃいました。
いや、この場合はタイミングが悪いと言ったほうが正しいのかな。
「部活は?」
「今日はミーティングだったから」
「そっか。俺らもミーティング。いきなり雨降るんだもんな。マジついてな……」
そう言いかけて私の目の前にツカツカと歩み寄ってきた三宅くん。
「どうしたの?」
「それはこっちが聞きたい」
「はぇ?」
「なんかあった?また部活のことか?それとも受験のこと?悩んでるなら言ってみろ。また一人でため込むな。瀬戸はもう少し周りに頼れ」
一気にまくしたてた三宅くんはとても真剣な顔をしていて。
「えと、あの……」
「それとも相談もできないぐらい俺って頼りないか?俺は瀬戸のこと……大事な友達だと思ってるから力になりたいんだけど」
何も言えないでいると三宅くんの両手が私の肩をガシッと掴んだ。
私だって自分が混乱している理由を知りたい。
心のモヤモヤの正体を知りたかった。
この優しくて大きな腕が包むのは私じゃない。
あの子なんだと思ったら、なんだか悲しくなってきた。
彼の手から肩に伝わる体温がとても心地よくて、余計に私の心を曇らせた。
「瀬戸、本気で何かあったろ?」
だけど、今の彼の瞳が捉えているのは正真正銘私で。
それが嬉しいと思っている自分に気がついた。
どうして嬉しいの?
決まっているじゃないか。好きだからだよ。
誰が誰を?
私が、三宅くんを。
そう気付いたとき、思わず涙が流れた。
「ええっ?!瀬戸どうした?!泣くほど悲しいことがあったのか?」
突然泣き出した私を見て三宅くんはあたふたしはじめた。
「ちょっと待ってろよ」と言って私の肩から手を離すと、自分の席からエナメルバッグを持ってきた。
中をゴソゴソと漁ってタオルを取り出すと、それで私の目をゴシゴシと拭ってくれた。
泣き顔を見られたくなくて少し俯くと、余計に涙が溢れた。
「ほらほら大丈夫だよ?浩紀お兄さんが話を聞いてあげるからさ?な?」
三宅くんの大きな手が私の頭を優しく撫でた。
なんかもう頭の中がグチャグチャで、体にも力が入らない。
身体を支えていた足の力が突然ふっと抜けるのを感じた。
「っ、あっぶねー」
床に崩れかけた私の身体を三宅くんの腕が支えてくれて、そっと近くの椅子に座らせてくれた。
三宅くんは私に目線を合わせるようにして、床に片膝をついた。
「ほんっとに寿命縮まるかと思ったぞ」
「……ごめんなさい」
泣きすぎて声がうまく出せない。
かろうじて謝罪の言葉を絞り出すことができた。
「謝ってほしくて言ったわけじゃないんだけどさぁ……」
三宅くんは本当に困っているようだった。
これ以上彼を困らせるようなことをしてはいけない。
「あの、三宅くん、」
「先に帰ってもいいとか言うなよ?」
「なん……」
なんでわかったのだろうか。
訝しげに彼を見ると、
「わかるよ、それぐらい。瀬戸がそういうやつだってことぐらいさ」
笑っていた。
何度か見たことのある、困ったような笑顔。
その顔を見て、話そうと思った。
「あの、あのね」
「うん」
「失恋しました。ついさっき」
「はっ?!」
「なに?!」
三宅くんのリアクションに思わず私が驚いてしまいました。
だって、驚き過ぎじゃないか?
目と口をまん丸にしてポカーンて。
「な、なんで三宅くんがそんなに驚くの?」
「いや、なんていうかさ……それより瀬戸、好きな奴いたの?」
「らしいよ」
「らしいって。んな他人事みたいに」
「さっき気付いたばっかなんだよ」
そう。ほんの数分前に気付いたばっかりだったんだよ。
そしてその直後に失恋。
「それですぐ告ったのか?」
「告ってないよ。その人に彼女がいたの」
「まじか」
まじかって、三宅くんのことなんですけどね。
「相手に彼女がいること知ってから好きだって気付いたんだけど、痛かったな……」
だけど誰かに指摘される前に気付いた自分を誉めてあげたい。
「あー!もー信じらんねぇ!」
「え、何が?」
「俺も失恋した!」
「えぇっ?!」
なんたる偶然か。
さきほとラブラブ抱擁を交わしていたばっかりなのに。
もしかしてあれは別れの抱擁だったのか。
「他に好きな奴がいるんだってさ」
「それはショックだね」
「だろ?全然そんな素振り見せねーしさ。衝撃だったわ」
はぁ、と二人揃って大きなため息を吐いた。
「今から考えてもその子のことかなり好きだったんだよな」
「そうなんだ」
そんなに愛されていたのに他の人のところへ行ってしまった彼女さん。
いや、元彼女さんかな。
「その子が笑うとさ、こっちまで嬉しくなるんだよ」
「そうそう。好きな人が笑うとそれだけで幸せになるもんね」
私が同意すると、三宅くんは「だよな」と言って笑った。
「大学もさ、レベル高いところ行くっつーからさ、俺めちゃくちゃ勉強始めたのにな」
「あぁ、それでか!」
三宅くんが突然勉強熱心になったからどうしてかと思えば、こんな理由があったのか。
好きな人といつまでも一緒にいたいから勉強を頑張るだなんて。
こんなに三宅くんに愛されていた彼女さんが羨ましかった。
「いきなり泣き出したときは本気で慌てたな。まぁ、俺じゃない別の男のことで泣いてるっつーのは、ちょっと腹立ったけど」
「そっかぁ……」
「なのにさ、告る前に失恋とかヒドいよな」
「うん?」
あれ。ちょっと待って。流れがおかしくないか?
今まで三宅くんの話を聞いてて、いきなり私の話に切り替えって。
「あれ、俺なんかおかしなこと言った?」
「おかしいっていうか、それは私の話でしょ?」
「どれが?」
「告る前に失恋ってやつ」
「は?俺もだよ」
「えぇっ?!」
「え?!さっきからそう言ってんじゃん!」
二人で驚きっぱなしだ。
この流れなんかおかしくないか。
「だって三宅くん彼女いるじゃん!告白したから付き合ってたんじゃないの?!」
「はぁ?!俺彼女なんていないんだけど!」
「え、嘘?!だってさっき……」
「さっき?」
「三階の渡り廊下で彼女と抱き合ってたでしょ?!」
「え、マジかよ?!」
「いや、三宅くんの話だから!」
なんとなく思ってはいたけどさ。
これって、お互いに話が全く噛み合ってないんじゃないか?
「俺が……」
頭を抱えて必死に記憶をたどりはじめる。
そんなたどるほど前の話でもないんだけど。
「あ、カブトムシ!」
「は?」
「あー。それでか」
一人納得した様子の三宅くん。
頭を右手でガシガシとかきながら「あーもーマジありえねー」と悪態をつく。
私にはさっぱりわかりません。
「瀬戸、あの耳つんざくような悲鳴聞いてねーの?」
「悲鳴?」
そんなものは聞いてな……いや、聞いたかもしれない。
そういえばあの時。
「『ぎぃやぁ〜!』って感じの?」
二階の会議室から三階に上がろうとしている途中で微かに聞こえた気がする。
「それ、うちのマネージャーの悲鳴。虫が大嫌いなの」
「へ?」
「図書室に調べモノしに行った帰りの渡り廊下で、窓から入ってきたカブトムシに大混乱。慌てすぎて思わず抱きつかれちゃった俺」
「そ、そうなんだ」
あの抱擁シーンにそんな裏話があったなんて。
「だから俺、彼女はいないよ。失恋したのはまた別の子」
「そっかぁ」
三宅くんが好きになる子はどんな女の子なのかな。
きっと私なんかよりずっと可愛げのある女の子なんだろう。
「なんだけど、ちょっと諦めの悪い男になろうと思って」
「ん?」
「そう簡単に諦めらんないだろ。こんなに好きなのにさ」
私だってせっかく自分の気持ちに気付いたのにそう簡単に諦めたくはないけど、こんなに誰かを一途に想っている三宅くんに伝えることはできない。
「だからさ、失恋して弱ってるとこにつけ込むみたいで嫌なんだけどさ。もう手段は選ばないことにした」
「あ、その子失恋したんだ?」
「そうなの」
展開早すぎないか?三宅くんが好きだった子の恋はもう終わっていたのか。
私が失恋して、三宅くんが失恋して、三宅くんが好きだった子が失恋して。
今は失恋ラッシュの時期なのか?
「だからさ……俺にしとけよ」
「何を?」
私がそう返すと、三宅くんは心底呆れたような顔で大きな溜息を吐いた。
「瀬戸さぁ、この流れわかってる?」
「わかってるつもりだけど。私が失恋して、三宅くんが失恋して、三宅くんが好きだった子も失恋したけど、やっぱりその子のこと諦められないって話だよね?」
「……なんとなくわかってないんだろうなーとは思ってたけどさ。マジでか」
はぁー、と三宅くんはさっきより大きく深い溜息を吐いた。
「えぇっ?私なんか間違ったこと言った?」
「ちょっとは自分のことなのかな、とか思わないわけ?」
「え、どの辺りで?」
どの辺りを私に当てはめたらいいのだろうか。
皆目検討がつきません。
「わかった。もう瀬戸には変化球は通じないことがわかった。直球勝負で行くわ」
「え?野球の話だったの?!ごめん、全然気付かなくて」
「いいから黙って聞いてろ」
一瞬にして飲み込まれた。
いつもより強い口調と、なにより初めて見る真剣な目に。
「俺はさっき失恋したけどさ」
「うん」
「瀬戸に失恋したわけ」
「……うん?」
ごめんなさい。話が繋がりません。
一人混乱している私を他所に三宅くんは話を続けた。
「俺が好きなのは、瀬戸だよ」
あ。そういうこと。
そっかそっか。三宅くんが好きなのは私なんだ。
そーだったんだー……
「えぇっ?!」
「え?!そんな驚くほど嫌だった?!」
「違くて!三宅くん、私のこと好きなの?!」
「だからそう言ってんじゃん!」
「ちょ、三宅くんてば女の子の趣味悪いよ!」
「お前が言うなよ!!……ったく、せっかく俺が真面目に言ってるのにさー」
三宅くんは「マジありえねー」と言って笑った。
さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら。
一通り気の済むまで笑うと、
「もういいや。そもそもシリアス向きじゃないことはわかってたし。瀬戸は」
「え、私ですか?」
「瀬戸が別のやつのこと好きなのは知ってるよ」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!」
再び半シリアスモードに突入ですか。
三宅くんは何かを勘違いしていますよ!と言いたいけど、言わせてはくれないらしい。
「待てない。そいつのせいで泣いてるのとかもう見たくないんだよ」
「あのー、だから、ね……」
最後まで言いたいことがあるのに、言えない。
「俺なら瀬戸のこと泣かせたりしないから!」
「えっと、あの、もう泣かされましたから!」
「えぇっ?!いつ?!」
やっと言いたいことが言えた。
けれど、今度は三宅くんが大変だ。
さっきからこんなんばっかりじゃないか。
「三宅くんも勘違いしてるよ」
「え、マジで?どのあたりが?」
「どのあたりっていうか、全部です。最初から説明するけど」
「うん」
そして、私は一つずつ誤解を解いて行くことにした。
「私はね、三宅くんが彼女がいると思ってたの。ラブシーン目撃してから」
「だけどそれはさっき解決したろ?」
「うん。それでね、私は気付いてしまったんですよ」
「何を?」
「私が……」
私はその先を言う前に、一度深呼吸して気持ちを落ちつかせる。
そして言葉を続けた。
「三宅くんを好きだってことに」
「は?!」
「それで、気付いた直後に、告白する前に失恋したと思ったの!」
「なんだよそれ?!」
あ、なんかちょっと怒ってる?
「そのこと考えたら、なんか泣けてきちゃってさ。だから泣いてたのは三宅くんが原因なんだからね」
「ご、ごめん……」
三宅くんは気まずそうに私から目をそらした。
本当は三宅くんが悪いわけじゃないんだけどさ。
「だったらもう俺は我慢する必要はないわけだ」
「我慢?」
「さっき、めちゃくちゃ我慢したんだからな」
そう言いながら三宅くんの両腕が伸びてきて、気付けば私は三宅くんに抱きしめられていました。
えー、ウソー。
「好きな子が泣いてたらぎゅーってしてやりたいな、とか思うだろ。普通は。でも瀬戸は別の奴が好きだと思ってたし、失恋したばっかのやつにそれもどーなのよとかいろいろ考えたんだよ。もう常に葛藤状態だったんだからな」
私の肩に顎を乗せて耳元でしゃべる三宅くん。
それがなんだかくすぐったかった。いや、それ以上に恥ずかしいんですけど。
「み、三宅くん!」
「もっかい言うからよく聞けよ」
「はい……」
そして、私にしか聞こえないような声で、
「 」
私は全身が熱くなっていくのを感じた。
顔だけじゃない。耳まで真っ赤になってるよ絶対に。
「やだーもう!」
「え、いやなの?!」
「ちがくて、もう無理だ……」
驚く三宅くんの胸に顔を押しつけて、顔を見られないように隠してやった。
背中に回した腕から、三宅くんの体温も上がっていくのを感じた。
「お、お前なぁ!なんでそーゆーこと……」
「先にぎゅってしたのは三宅くんでしょ!」
「そーなんだけど!」
「もー、恥ずかしすぎて顔上げらんない。それに全身の力抜けちゃって立てないや」
「なんだ、それ」
「三宅くんのせいだよ」
あーもーなんかわけわからんわぁ。
私がここまで乙女だったなんてはじめて知りましたよ。
「だったらついでに腰立たなくしてやろうか?」
「セクハラはやめてください」
「なんでこういう時だけはっきり拒否するかな」
本気でがっかりしてる三宅くんがちょっとおかしくて笑うと「笑うな」と言って怒られた。
「よし帰ろう」
「力入らないんじゃなかったのか?」
「さっきのセクハラで正気に戻りました」
「さいですか」
椅子から立ちあがって、ロッカーの前に放置していた鞄と傘を拾い上げた。
窓の外を見ると雨はまだ振っていた。というか、さっきより強くなっていた。
早々に帰宅していった生徒たちの選択は正しかった。
「雨、まだ降ってるね」
「傘入れてくんない?俺持ってないんだ」
「いいけど、傘持ってね?」
「とーぜんだろ。瀬戸が持ってる傘に入ってたら、俺どんだけ腰かがめなきゃいけないんだよ」
そりゃそーだ。
一つの傘に二人で肩を並べて帰った。
前も雨の中一緒に帰ったことがあったっけ。
あの時は古賀くんも一緒で。
あのときはこんなことになるなんて想像もしていなくて。
なんだか不思議な気分だった。
「瀬戸?」
「んー?」
「お願いがあるんだけど」
「なーにー?」
金銭と物理と化学関係以外のお願いならある程度は聞けます。
「次の試合応援に来てくんない?」
「いつ?」
「土曜日の14時から」
「あー、午前中は私も地区予選だけど、間に合ったら行くね」
「待ってる。瀬戸の方は応援行けないけどさ」
「大丈夫、勝つから。だからいつかは見に来てね」
「もちろん」
そう。勝つから大丈夫。
三宅くんが応援に来られる日まで負けたりしないよ。
「ついでにもう一個お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「ミニスカでき……」
「ジャージで行きます」
この会話、前にもしたことがある。
初めて三宅くんが試合に誘ってくれた時だ。
「そうだ。じゃ、もう一個お願いがあるんですけど」
「お願い多いよ」
「これで最後だから!」
「わかったよ。なーに?」
あまりにも三宅くんが必死なもんだから思わず了承してしまった。
「名前、呼んでもいい?」
「いーよ」
「そんなあっさり?」
「え、渋った方がよかった?」
すいませんね配慮が足りなくて。
「そうじゃないけど。もう少し恥らってくれた方が男的には萌えるというか」
「私に萌えを求めた段階で間違いだと思う」
「そうだよな」
三宅くんはがっくりと肩を落として「そうなんだよなー」と呟いた。
「三宅くんばっかりずるいから、私のお願いも聞いて欲しいんだけど」
「無茶なお願いはやめてね」
「大丈夫。可愛いお願いだから。ちょっと耳貸して?」
「ん?」
三宅くんはちょっと腰をかがめた。
私は彼の耳に顔を近づけて、
「 」
と言ってやると、バッと三宅くんは私から体を離して距離を取った。
顔を真っ赤にして、傘を持ってない方の手で口元を隠していた。
「ちょっと私の傘!」
「あ、ごめん!」
慌てて元のポジションに戻ってきた。
顔はまだ真っ赤なままで。耳も真っ赤で。
視線は絶対に私に合わせてくれようとはしない。
「やべーなー」
「やばい?」
「瀬戸にちょっと萌えた」
「私もやるときゃやるんだというところをお見せしました」
だって、私に多少でも萌えを求めていたみたいだから。
「ついでにさ、」
「ついでに?」
「俺んち来ない?誰もいないんだ」
「行かない」
「そんなはっきり断らないで下さい」
セクハラ潰しはもう手慣れたもんで。
「俺、ずっと瀬戸の手のひらで転がされるんだろうな」
「良い傾向だね」
「良くないから。そうやって俺のこと遊んで楽しいか?!」
「めちゃくちゃ楽しいです」
「俺、こんなに女の子に翻弄されるの初めてなんだけど」
「そうなの?」
「そうなの。でもまぁ、ますみちゃんになら翻弄されても良いかなとか思っちゃう辺り、俺、かなり重症」
深刻そうな顔して言う三宅くんがものすごく面白くて。
「あ、雨上がった」
「お。本当だ」
傘を外すと、雲の切れ間から注ぐ日差しが見えた。
「相合傘も終わりか。寂しいな」
「また雨降ったらいつでもできるでしょ」
「またしてくれんの?」
「気が向いたらね」
とは言ったものの、彼にお願いされたら渋々了承しちゃうんだろうな、なんて思ったり。
「ますみちゃん」
「なんですか、浩紀君」
「手繋ぎたいんですけど」
こんなお願いも、
「しょーがないなー」
とか言いつつ聞いてしまうあたり、私もかなり重症なわけで。
きっと明日から、もっと楽しい生活がはじまるはず。
だって。
今年の夏は、