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BOY'S GAME

  • 登場人物が多いので、簡単な人物紹介ウィンドウを用意してみました。⇒ぽちっとな

    幸か不幸かバレンタイン
    「行って来ます。」
    2月14日の朝、京介はいつものように家を出て、学校へ向かった。
    小上京介。東堂学園高校の2年生だ。低いとも高いとも言えない身長。ちょっと頼りないような顔立ちに少し日に焼けた肌をしている。サッカー部所属でレギュラーをつとめており、この日焼けは日々の練習で出来あがったものだ。

    駅へ行く途中で小学生の男女二人組を発見。
    女の子が何やら包みを男の子に渡している。
    頬を赤らめたりして、なんとも可愛らしい光景だ。
    その様子を見て今日がバレンタインデーなんだと京介は思い出した。
    しかし、この時はたいしてなんとも思わなかった。

    駅に着くと入り口付近で相棒の葵駿が待っていた。
    ここが二人の待ち合わせ場所だ。

    駿と京介は小学校以来の親友で、小・中・高とずっとつるんでいる。
    彼もサッカー部所属なのだが、あまり日焼けはしていないようだ。
    長身の駿は、人ごみの中でも遠くから見つけやすい。

    入り口から待ち合わせポイント行こうとした時、京介は擦れ違い様に人と肩がぶつかってしまった。
    「スンマセン!」
    とっさに京介は振り向き謝った。相手はセーラー服に身を包んだ少女であった。
    向こうも京介の姿をみるとペコっとおじぎをして去っていった。

    無事に駿と合流して改札へ向かおうとしたその時、後ろから女の子の声に呼びとめられた。
    「あの、東堂学園の葵駿さんですよね?」
    京介と駿が揃って振り向くと、そこに有名な上流階級のご息女・ご子息が通う学校の制服を着た二人の少女が立っていた。
    「はあ。そ、そそ、そうだけど。」
    いきなり知らない少女に声をかけられたうえに、 その少女が有名学校の制服を着ていたので、正直驚いてしまった。
    というより、駿にしては珍しくうろたえてしまった。

    二人の少女のうちの一人がズイっと駿の前にピンクの小さな紙袋を差し出した。
    小さく金色の文字が入った、高級そうな袋。おそらくどこかのブランドものだろう。
    「あの、コレ、よかったら、も……貰って下さい。」
    袋を差し出したままの少女の顔は真っ赤だった。
    彼女の心の中はハリケーンと台風が仲良く手をつないでやってきたようなかんじだった。

    「どっかで会ったことありました?」
    いつものように冷静に戻った駿は頭の中の検索機能をフル活用したが、
    この少女はどこのカテゴリーにもヒットしなかった。AND検索もOR検索も無意味だ。
    他のサーチエンジンを使うべきか。いや、それでも効果は得られないだろう。
    なにしろ以前に出会った記憶がまったくないのだから。

    「あの、以前うちの学校との練習試合で見て、それで……。」
    読めた。そういえば東堂のサッカー部はつい最近この上流階級学校で練習試合をしていたのだ。
    その応援席にでも彼女がいたのだろう。

    あの時、この学校へ行って、ぶっちゃけ身分の違いを思い知らされた。
    大袈裟に聞こえるかもしれないが、本当に……アレはありえなかった。
    ナイター設備が完璧なのはまだわかる。
    しかしそこに観客席まで付いているというのはどういうことだ。
    高校の部活動のために用意されたものだとは到底思えなかった。
    芝の整備も完璧で、あたかもどこかのスタジアムにでも居るような気分になった。 さすがは金持ちのやることは違う。駿にはそう思った記憶がある。

    「あぁなるほど。いくら考えても思い出せないわけだ。」
    駿はポリポリっと頭をかいた。

    「だから、コレ受けとってもらえますか?手紙も入ってるので……。」
    ちょっと駿は悩んだ。
    だが、害は全くなさそうなので受け取ることにした。
    「ありがとう。」
    「これからも応援してますから!」
    嬉しそうに言い残して少女達は人ごみの中へ紛れて行った。

    少女たちの背中を見送った後、京介たちも改札へ向かった。
    「やるじゃん。」
    「まぁな。」
    この時京介は、ちょといいな〜、程度にしか思っていなかった。
    しかし、問題はここからである。
    京介の心のゲージに変化が現われてきたのは。

    この後学校へ到着するまでに同じようなことが3回も起こったのだ。
    それも駿にだけ。
    こうして駿は朝のうちに4つの愛のこもったプレゼントを受け取ることになったのである。
    それで京介の心のゲージはどんどん落ち込んでいったのである。

    +        +        +

    「……はぁ〜。」
    ため息の主は小上京介。朝っぱらからやる気のないことこの上ない。
    学校に着いてからずとこの調子だ。
    彼の席は窓際一番後ろの好条件な席。
    頬杖をついて窓の外を眺めつつ、今度はさっきよりも深いため息をついた。

    「はあぁ〜男子校って、切ない。」
    このセリフを口にするのは本日何度目になるだろう。
    2月14日、乙女達が勝負をかけるこの日、
    男だけの学校に在籍する生徒たちは、義理チョコすら貰えないという現実に嘆いていた。
    ただそれは一部の生徒を除いて、だが。

    「なーにたそがれてるんだよ。」
    頭上からかけられた声で京介は我に返った。
    「慧か、はよー。」
    「おう、はよ。で、どうした?背中にまとっているオーラが暗いぞ。」
    京介の前の席の所有者、冴原慧は机に鞄を置き、窓を背にして椅子に座った。
    いつもなら元気良く挨拶する京介が世界の不幸を一身に背負ったぐらい暗い。
    慧はそんな京介の姿を見て不審に思った。
    「いや、男子校って切ないな、と思ってさ。」
    それだけ言うとまた窓の方を向き、たそがれモードに戻ってしまった。

    「何コレ?」
    京介を指差しつつ、京介の隣の席に座っていた駿に状況の説明を求めた。
    「バレンタインなのに何も貰えなくて切ないんだと。」
    駿は簡潔に答えた。
    「なるほど。でも、そんなこと気にする性格だったか?」
    「ちょっとね。朝起こったことが大きく関係してるかな。」
    らっと左隣の京介を見つつ駿は苦笑いをした。
    「なんか起こったのか?」
    「まあ、ね。」
    それについてはナイショ、とそれ以上駿は口を開かなかった。
    しかし、慧もコレ以上は追及しなかった。

    「慧は?」
    「何が?」
    「勿論彼女から貰う予定なんだろ?」
    「当然。今日の放課後約束しててさー。」
    この後つらつらと慧ののろけ話を聞かされる羽目になってしまった。
    たいして興味のない駿はへー、と適当に相槌をうっていた。

    「このやろっ!」
    突然話に乱入した友人、河合明人は慧にヘッドロックをかました。
    「なんだよっ、ギブギブ!」
    バシバシッと机を叩いて降参する。
    即座に解放された慧はけほっと咳をした。

    「マジ羨ましい。いいよな、チョコを貰える予定のあるやつは。」
    明人はジロッと慧を睨んだ。
    「いや〜彼女がいるっていいぞ。お前らも早くできるといいな。」
    言ってしまった。しかもイヤミを含みつつ。
    これは彼女のいない東堂の男子にとっては禁句も同然だ。
    しかも今日、バレンタインデーともなればその禁を犯す危険度は倍増。
    「お前は〜!」
    明人は慧の首に手をかけようとした。
    目がヤバい。このままでは本当に慧の命を奪いかねない

    「あ、駿はもう貰ってるんじゃないか?」
    命の危険を感じた慧は、さっさと話題転換をした。
    「ん?あぁこれか。」
    駿は机の横にかかっていたピンク色で小さめの紙袋のことを指されているのだと悟った。
    「そうそう、それって正真証明チョコの入った袋だよな?」
    めざとい。いつもならピンク色の紙袋を持ち歩くことなどないのだから、気付くのも当然か。

    「ご名答。なんか朝、駅で貰った。」
    「いいよな〜、彼女いなくても貰えちゃう奴もいるしさぁ〜。京介、お前は?」
    「……。」
    京介は明人の言葉に一切反応を示さなかった。
    「しばらくほっとけばまた騒ぎ始めるからさ。そっとしておいてやって。」
    ちらっと京介の方を見つつ駿は言った。

    駿の言う通り2時間目が始まる頃には、京介はバレンタインのことなどすっかり忘れていた。
    単純。これは時には大きな武器となるのである。

    +        +        +

    放課後。部活は18:00過ぎに終わった。
    夏であれば19:00までなのだが、冬季には1時間早まる。

    いつもならば駿と一緒に帰るはずなのだが、今日に限っては別々に帰ることになった。
    というのも、駿は祖父のお見舞いに学校の近くの総合病院へ行くのだとか。
    祖父がギックリ腰で入院中らしい。

    駿の祖父には子供の頃、よく遊んでもらったよなぁ。
    自分もお見舞いに行けば良かったのでないか、などと考えつつ一人で帰った。

    家の最寄りの駅について改札を出た時、京介は朝の出来事を思い出した。
    そして、また少しへこんだ。
    「はぁ、切ない……。」
    本日、もう何度目になるかわからないセリフを吐きつつ駅の出口へ向かって行った。

    前方にセーラー服を着た少女が柱に寄りかかっているのが見えた。
    その少女の横を通り過ぎようとした時、声をかけられた。
    「あの!小上京介くんですよね?!」
    柱に寄りかかっていた少女であった。
    「そうですけど……。」
    いきなりのことに京介は混乱した。
    見知らぬ少女に声をかけられるとこんなカンジなのか。
    朝のうろたえた駿の気持ちが少しわかった。

    「あの、コレ受けとって貰えますか?」
    「お、俺?」
    自分を指差しつつ尋ねる京介を見て、少女はぶんぶんと首を前後に動かした。
    その少女には何故か、見覚えがあった。
    どこで会ったのだろう、しばらく考えているうちに思い出した。

    「あ、朝ぶつかった……よね?」
    「覚えてたんですね。」
    正解だ。朝、駅についた時にぶつかった少女だった。

    「本当にびっくりしました。私と同じ駅なんだって知って、学校が終わってから急いで駅に戻ってきたんです。会えるかどうかもわからないのに。おかしいですよね。」
    くすっと少女ははにかみつつ笑った。
    「……?」
    「あ。私は前から小上くんのことを知ってたんです。夏の大会で、東堂の試合を見ました。私サッカー部のマネージャーで、部長と偵察に来てたんですよね。それで。」

    きょとんとしている京介を見つつ、少女は話を続けた。

    「0-1で東堂が相手校を追う状態。ロスタイムに入って残り時間3分。きっと会場の誰もが東堂の負けを予想してたでしょうね。選手の顔にも疲労と焦りと不安が現われてました。そんな中一人だけ、笑顔でいる人がいて……それが小上くんでした。小上くんを見てたら、このひとは何かするんじゃないかと思えてきました。そして、本当に何かって起こるものですね。小上くんの奇跡の同点ゴール。そして、PKで見事に東堂の勝利。小上京介というひとは本当に強い人なんだなって思いました。それから、ずっと気になってたんです。」

    実はあの時のゴールは、最初にボールを蹴った時に見事にボールに足をすかしてしまって、シュートをできなかったのだが、その動きにキーパーがつられてできたゴールスペースに焦って再びシュートをしてボールを押し込んだ、まさに奇跡と呼ぶにふさわしいゴールであった。ちょっとカッコ悪いけど。
    だが、言えない。彼女の中にはカッコイイ京介がいるのだから。
    わざわざそれを壊すような野暮はしない。自分のためにも、だ。

    「今日どうしようか迷ったんですけど……学校まで行く勇気がなくて。それで諦めていたんですよね。でも朝出会ってびっくりして、急いでチョコを買って、ずっと待ってたんです。会えて良かったです。正直、諦めかけていたんですけど。で、受けとってくれますか?」
    自分の目の前に差し出されている箱を見て、京介はためらいなく受け取った。
    「サンキュ。」
    へへっ、と京介は照れ臭そうに笑った。

    少女とは駅の出口で別れた。
    自分のせいで帰宅時間が遅くなったので送る、と言ったのだが、家まで歩いて3分もかからないというので丁重に断わられた。
    家路を歩く京介はウキウキであった。
    今日の不幸な1日が一気に帳消しになる出来事だ。
    とはいっても落ち込んでいたのは1日の半分にも満たないのだが。

    その日の夜。駿は電話で京介の話に付き合わされるはめになった。
    「でさー、駅で俺のこと待っててくれたんだよ。」
    『へー。』
    「なんかその娘の中で俺はヒーローみたいなかんじでさー。」
    『へー。』
    「ちゃんと見てる人は見てるんだよなー。」
    『へー。』
    『へー。』
    「って、ちゃんと聞いてる?」
    尋ねるまでもない。答えはノーだ。
    朝の慧のノロ気話を聞いていた時のように興味がない話の為、駿は適当に相槌をうっていただけだ。
    『で?名前は?学校名は?』
    「は?」
    『そんなにお前に興味もってくれてる娘の名前もきかなかったわけ?』
    「?!……うっかりしてた。」
    『こんなチャンス二度とないと思え。じゃあな。』
    ブツッっと電話はそこで一方的に切られた。
    京介はコードレスの子機を手にしていたままボーゼンとしていた。
    頭の中では駿の最後の一言が何度もリピートされていた。

    +        +        +


    こうして、2月14日の夜は更けていったのである。
    少年たちに幸あれ。


    本当に焦った。2月14日にアップできて何よりです。



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