6月中旬の梅雨の時期。気温は平年より暖かくなっていた。夏が少しフライングをしたようだ。
教室の窓から見える空は灰色の雲が隙間なく被っている。そこからポツポツと水滴が落とされる。
室温はちょっと短気な人ならイライラするぐらい。湿度も雨のせいで高い。
まったく暑いかジメジメしてるかどっちかにして欲しいものだ。
教室で授業を受ける生徒たちはみなそう思っていた。
正午を過ぎてから、雨は本格的に降り始めた。
校庭には大小様々な大きさの水溜りができている。
これでは、外で活動を行う部活は休みにする他無い。
「京介。さっき職員室前でキャプテンに会った。部活休みだって。」
昼休みになり職員室に行っていた葵駿は教室に戻ってくると、
窓際一番後ろの席にいる小上京介に、キャプテンこと相模森吾からの伝言を伝えた。
東堂学園高校2年生の葵駿はサッカー部所属だ。
180cmを越す長身に。ちょっとクセのある色素の薄い髪の毛がよく似合っている。
見た目は心優しい少年である。
しかし、どうにもちょっと……いやちょっとじゃないかもしれないが性格が悪い。
「おーわかった。こっちも伝えることあったんだ。さっき眞輝が来てさ、今日ちょっと生徒会室に集まれ、だとさ。」
そう言って、先ほどから友人達とトランプでババ抜きをしている京介は、手前の友人の手札から一枚カードを抜いた。最初は4人でやっていたらしいが、今は京介ともう一人、冴原慧との一騎撃ちになっている。
小上京介。東堂学園高校の2年生だ。低いとも高いとも言えない身長。
ちょっと頼りないような顔立ちに少し日に焼けた肌をしている。
サッカー部所属でレギュラーをつとめており、この日焼けは日々の練習の勲章といってもよいだろう。
駿とは小学校以来の親友である。
また、先程の“眞輝”とは宮川眞輝のことで、彼はこの学校の生徒会長だ。
京介も駿も副会長と書記、という立派な生徒会役員なのである。
いつもなら昼休みになればさっさと昼食を済ませ、真っ先に校庭に走る集団が今日は大人しく教室に居た。さすがにこの雨の中では外で遊ぶ気にもならないだろう。
「なんだ?まあ部活ないからいいけどさ。」
隣の真剣勝負(とはいっても所詮ババ抜き)を頬杖をついて駿は見守った。
「俺も詳しくはしらないんだッ……あー!またババ引いちまった!!」
「よし、これでババをひかなければ俺の勝ちだな。」
京介の手には2枚のカードがある。そのどちらかはババの札だ。
どうでもいいことだが、こんなに毛嫌いされるババが可哀相に思えてくることがある。
本当にどうでもいいいが……。
慧は京介の手札をじっくり見定めてから、左の札を抜き取った。
その札に書かれていたのは……
「よっしゃ、◆のQ!俺の勝ち!!」
手元の2枚の札を机に叩き付け、慧はガッツポーズをして立ち上がった。
京介は自分の手元に残ったババの札を机上のカードの山に乗せて、ガックリと肩を落とした。
「うーわ、最悪。」
「いやー悪いね、京介。」
極上の笑みで慧は京介の肩をポンと叩いた。
「これで京介の3敗。おごり決定。購買行って来い。」
暫く窓際で、観戦していた友人は戦績をつけていた紙を見ながら教室のドア方面を指差した。
「あーわかったよ。行ってくる。」
鞄から財布を取り出した京介はさっさと教室を出ていった。
「何?なんか賭けてたわけ?」
駿は頬杖をついたまま慧に尋ねた。
「先に3敗したやつが他全員にコーヒー奢るって約束だったんだ。」
「これ見てみろ。かなりうけるから。」
先程、京介に買い物を指示した友人、河合明人が何やら駿に紙切れを手渡した。
駿はそれをみて絶句した。なんと京介のストレート3敗。
「あーアイツ顔に出てただろ。」
呆れつつ、駿は明人に戦績の紙を返した。
「そうそう、でも本人気付いてないから。」
「そこが京介のいいところ。」
やないいところ、である。
「おら、買ってきたぞ!」
缶コーヒーを3本抱えて京介は教室に飛び込んできた。
「随分早いんじゃないか?」
「かなり走ったもん、俺。お陰で体温上がってしかたねーって。」
駿の問いに京介は息切れしつつ答えた。さすがに3階と1階を全速力で往復はきつい。
問答無用でザーザー降りしきる雨のお陰で、教室の湿度は上昇していた。
室温はというと雨のお陰で多少は下がったが、やっぱり暑い。
教室を見渡せば、少年たちの首元には申し訳程度にネクタイがぶら下がっていた。
少しでも暑さを和らげるささやかな対策である。
京介はあまりの暑さに耐えかねて、ネクタイをほどいた。
「次、ババ抜きやめて違うので勝負しようぜ!俺ババ抜きは向いてないって。今度は駿も参加だな!」
席に座るなりウキウキした様子でさっさとカードを切って次のゲームの準備を始めた。
「勝手に決めるな。まあ、いいけどさ。次は何やるんだ?」
「ジジ抜き!!」
……ババ抜きとたいして変わらないじゃん。
京介の周辺は一斉にこのボケ少年にツッコんだ。
+ + +
「今日の議題は校則改革について。」
キュキュっと眞輝はホワイトボードに書き込む。
今は放課後。生徒会役員の4人は生徒会室に集合していた。
「そろそろ動き出しても良い頃だろ。俺も公約を果たさないといけないしさ。」
そう、眞輝は選挙で学校の色んな部分を変える、と豪語していたのだ。
「で、校則のどこを変えたいって?」
「最近、不便に感じてる校則はないか?」
海斗の問いに眞輝は問いで返した。
上原海斗は第42期生徒会の頼れるブレーン。役職は会計だ。
「……わかった!アレだ!」
「どれだよ。」
バシっと京介の後頭部駿のツッコミが入る。
「いってぇ。アレだろ、夏でもネクタイきっちり締めてろってやつだろ?」
京介は後頭部をさすりながら答えた。
「ご名答。今はまだいいけど、真夏になると体感温度はかなり上昇するだろ?
せめて夏だけはノータイを学校側に認めさせようと思う。」
どうだ、と言わんばかりに眞輝は海斗の顔を見た。
「いいんじゃないかな?暑さが和らげば生徒の集中力も上がるだろうし。」
海斗も眞輝の方を見て、微かに口の端を持ち上げた。
「良いに決まってる!」
京介はばっと右手を上げた。どうやら、賛成の意図を体で表現したかったらしい。
「俺も賛成。集中力が上がれば成績も多少上がるだろうし、学校側にも害になることはない。」
と、全員の賛成を得た所で校則改革は次の段階へ移った。