これからはじめるCFD
BOY'S GAME

  • 登場人物が多いので、簡単な人物紹介ウィンドウを用意してみました。⇒ぽちっとな

    事件簿 in 体育祭
    秋。といえばスポーツの秋である。

    夏の暑さもまだ残る初秋。
    東堂学園では三日間に渡り体育祭が開催されていた。

    「いやー、楽だ。」
    声援に包まれている第1体育館の隅に座り、小上京介は2-Cのクラスメイトたちが奮闘しているバレーボールの試合を観戦しながらつぶやいた。
    頼りなさそうな顔立ちに、健康的に日に焼けた肌。その日焼けは所属しているサッカー部で日々重ねてきた練習の証ともいえる。今日は後頭部あたりに寝癖がついているが、彼にとっては気にするほど重要な問題ではない。

    「一般の生徒として行事に参加できるって本当に素晴らしい。」
    京介の隣に座り、同じくバレーの観戦をしていた葵駿もつぶやく。
    色素が薄く、少しクセのある髪が良く似合っている。彼もサッカー部所属なのだが肌の色はどちらかというと白いほうだ。身長は標準以上。座っていても180以上の長身はわかってしまうのだ。

    彼ら、京介と駿は東堂学園第42期生徒会メンバーである。
    元会長の陰謀のおかげでそんな重要職に就いてしまったわけだが、今頃文句をいっても後の祭り。行事の度に運営スタッフの要としてめまぐるしい準備スケジュールに追われることになる彼ら生徒会メンバーにとって、体育祭は唯一の心のオアシス的行事であった。

    そんな心のオアシスを体感しつつ、水を得た魚のようにのびのびと試合に臨んでいる人物がいる。
    上原海斗である。
    真っ黒なサラサラヘアーに黒目がちな一重の目。見たままの純日本人だ。
    成績優秀な第42期生徒会の頼れる会計である。
    外見は無愛想に見えるのだがとっても気さくな人当たりの良い少年、それが上原海斗だ。

    意外なことに趣味は料理であるという彼のお弁当は毎日自作で、それはもう芸術品の域だった。
    彼は週1のペースで料理研究部(もちろん男だけ)から入部の勧誘を受けている。
    が、当然断わり続けている。
    そりゃあゴツい男たちがフリフリエプロンを付け、日々料理の研究に励んでいるという1万歩譲っても可愛らしいとは言い難いこの光景を目の当たりにするのは、ちょっと精神的にキツイものがあるだろう。なぜ料理研究部のゴツい男たちがフリフリエプロンを愛用しているのかは謎である。

    京介たちの目の前、入り口側のBコートでは、京介&駿の2-Cと海斗属する2-Dの熱いバレー対決が繰り広げられている。
    セットカウント0-2で2-Dがあと1セットを勝ち取ると勝利。
    2-Dは午前中の試合でも他のクラスに勝利していたので決勝トーナメント進出は濃厚となる。

    それぞれの種目には予選リーグと決勝トーナメントが設けられており、各予選リーグの上位2チームが決勝トーナメントへ進出することができるのだ。

    「慧!あと5ポイント取られたら負けだぞ、気張れ!!」
    コートでサーブを打とうとしているクラスメートに声援を送る京介。
    「わかってる、よっ!!」
    ピッという審判の笛の後に打ったサーブは相手コートには入ったが、2-Dの生徒によって拾われてしまう。そして、上げられたトスをビシィッと鋭い音を立てて見事にスパイクを決めたのは、
    「海斗!お前弓道部だろ!!なんでそんな上手いんだよ?!」
    京介から文句を言われる海斗だ。先程から2-Dを引っ張って試合をしていたのは彼だった。

    「弓道部だって利き腕に筋力はつくんだよ。それに一応運動部だからね。」
    「なるほど。」
    海斗の言葉に駿は納得した。弓を引っ張る力はかなり必要だ。種目は違えども鍛えるところは同じなのかもしれない。

    駿はチラっと手元の時計を確認すると、自分たちの出場するフットサルの試合開始時間が迫っていたことに気付いた。
    「京介、時間。第2体育館行くぞ。」
    駿はポンと京介の頭を叩いて知らせた。
    「お……おう。」
    その場から立ちあがって体育館の出入り口に向かおうとした時に歓声があがった。ステージ側のAコートで行われていた試合が終了したらしい。
    ジャージの色から、1年vs3年の試合だったことがわかる。2-Cと同じリーグの試合だ。たしか1-Bと3-Eだったか。1年の喜びっぷりからすると、3年を撃破したらしい。
    (そういえばあの3年……さっき海斗のクラスにも負けてたっけ。)
    京介は午前中の試合を思い出した。
    (同じリーグだから、明日うちのクラスと当たるよな。ラッキー勝てそうじゃん。)
    そんなことを考えつつ第2体育館へ向かった。


    京介と駿がフットサルの試合会場である第2体育館へ着くとすぐに試合が始まった。
    お前ら遅い!、とクラスメイトには怒られた。
    試合開始までにメンバー全員が揃わないと棄権扱いになるので、クラスメイトたちはさぞやきもきしていたことだろう。

    お陰で作戦を話し合う時間は3秒。
    その内容も『ボールをとったら迷わず走れ!以上。』といものである。
    作戦も何もあったものではない。

    それにも関わらず3-0で勝利。
    対戦相手が1年生だったというのもあるが、相手が一点も入れられなかったのには理由がある。
    強面(こわもて)ゴールキーパーのお陰である。
    GKをやっていたのは柔道部のホープで、相手が自陣に入ってくるとすごい形相で勢い良くボールを取りに突進してくるので、相手は恐怖のあまり数秒固まるのだ。その隙にボールを奪い返すわけである。 そんなことが何回もあり、彼は一度もボールを触ってはいない。神の手ならぬ神の強面。
    その顔でゴールを守ったのだ。
    といっても、そのGKは顔が恐いというだけで、自宅の庭ではガーデニングを楽しみ、花を愛で、ペットの犬を溺愛する心優しき少年である。人は見かけによらないのだ。

    キラリッ。体育館の入り口付近で何かが光った。一体なんの光だろうと2-Cの選手一同が目を向けてみると、眞輝がまだ試合中のコートに向かってカメラを向けていた。さっきのはフラッシュの光だった。

    現生徒会長である宮川眞輝は生徒からも教師からも頼られる存在だ。
    写真部所属で、コンクールなどでも多々入選している。審査員からも『撮った本人の優しい気持ちが良く表れている。』と批評されたことがあるが、そんなのは大きな勘違いである。実際に宮川眞輝という人物を称するなら“腹黒い策士”だ。腹の底では何を考えているかわからないことが多く、意見に反しようものならば笑顔ひとつでゴリ押される。

    「おーい何やってんの?」
    京介は眞輝の方に寄って行き尋ねた。
    「秋のコンクール用の写真を撮ってるんだ。さっき京介たちの試合の様子も撮らせてもらったから。」
    眞輝はファインダーから目を離して答えた。手にはライカの高そうなカメラ。しかも自前だ。
    「そっか。頑張れよ。」
    「ああ。」

    とりあえず1日目の試合を全て消化した京介たちは教室へ戻ることにした。
    途中、廊下でサッカー部の元キャプテンであり元生徒会長の相模森吾に出会った。
    「キャプテンもフットサルですか?」
    「当然だ。俺が出なくて誰が出る。」
    駿の問いかけに相模は両腰に手を当て、ふんぞり返って答えた。
    この時期には既に3年は部活を引退しており、現キャプテンは駿が務めているのだが、前の名残で相模は今でもキャプテンと呼ばれている。

    「お前らは、もちろん勝ち進んでるんだろう?」
    ニヤリと確信めいた笑みを浮かべながら今度は相模が京介達に問い返した。
    「なに当たり前のこと言ってるんスか?」
    「よし。決勝で会えるのを楽しみにしてるぞ。じゃーな。俺もこれから試合だ。」
    ひらひらと手を振りながら相模は第2体育館方面へ去っていった。

    「キャプテンのクラス総合優勝を余裕で持っていくだろうな。」
    「なんといっても主将クラスだしな〜。」
    うわぁまったくありえねーよ!、と京介は付け足した。

    相模の所属する3-Aは別名主将クラスと呼ばれていた。
    サッカー部をはじめとして、野球部、柔道部、剣道部、バレー部、テニス部、バスケ部、とありとあらゆる運動部の主将(元)が集まっていることがその由来である。
    こんな運動神経自慢の野郎共が揃っている3-Aは学内でもそうとう目立っていた。色んな意味で。

    教室に戻るとバレーボールで奮闘していた慧たちが談笑していた。
    「お疲れさん。バレーどうだった?」
    「負け負け!上原のスパイクなんて拾えるわけねーもん。」
    駿の問いに慧は100%あきらめの良い表情をみせつつ答えた。

    「でも、明日は3-Eと試合じゃん!」
    「そうそうあそことなら勝てる気がする!一年にも負けるぐらいだし?」
    これで決勝トーナメント進出!、と京介と慧は同時に飛び跳ねた。
    その光景を駿は横目でチラっと見つつ、呆れた。
    (なんで試合後なのにそんなに元気でいられるんだ?)

    その日の夜。第一の事件は起こった。


    +        +        +


    「なんだぁそれ?」
    「だからうちのクラスの奴が昨日の夜、何者かに暴行された。」
    体育祭2日目、朝のHRの後に2-Cの教室前に生徒会の4人は集まっていた。

    登校したばかりだった眞輝はクラスメイトに昨日の出来事を聞いた。

    なんでも、昨夜帰宅途中に高校生っぽい3人組の男に路地裏に連れて行かれ、ナイフを首筋に突き付けられ抵抗することなくただ殴られた、と。その際に足を負傷したらしい。
    被害者の彼はバスケ部のエースで、本日行われる予選リーグでもチームの要になるであろう人物だった。
    警察には一応相談し、今日教師陣にも事件の報告をしたらしい。
    「ただの通り魔か?……。」
    海斗は壁に寄り掛かり、腕を組んだ。
    「その可能性が一番高いな。」
    まったく厄介だ、と眞輝は漏らす。

    「とりあえず、犯人の正体も目的もわからないんだ。他にも似たようなことが起こらないとは限らないから、そういう話を聞いたらすぐに連絡。」
    それじゃ話し合い終わり!戻れ。とここで解散。


    「あ、京介!お前ソフト代打で出ない?」
    「は?なんで?」
    教室に戻った京介はいきなり試合の助っ人のお誘いを受けた。
    「ちょっとワケありでさ。人数足りないんだ。」
    「通り魔にでも襲われてケガでもしたか?」
    駿の一言に一同が固まった。表情と動きが固まっている光景に駿も驚く。
    (ビンゴ?冗談で言ったのに……。)
    「マジか?」
    「マジ。」

    被害にあった友人から話を聞くと、先程眞輝から聞かされた話と非常に似通っていた。
    被害者は野球部の名ピッチャー。運動部ということや高校生らしき集団というところまで同じである。唯一違うところは、こちらは暴行を受けていないところ。まあこちらはなんとか慌てて逃げ出したそうだが。その際にコケて捻挫をした。
    (同一犯か、同じグループによる犯行かそれとも……。)
    駿はあらゆる可能性を考えてみた。
    (どっちにしろこれも眞輝たちに連絡しておくべきなんだろうな。)
    鞄から携帯電話を取り出し、キーを操作して今聞いた話の概要をメールで眞輝と海斗に送信した。

    「じゃ、俺が出る!実はちょっとソフトやりたかったんだよな!」
    「京介のポジションは……。」
    メール作成中に京介は何時の間にかソフト出場が決定し、話が盛りあがっていた。
    まあフットサルと時間がかぶらなければ問題ないのだが。

    「で、初戦の相手は?」
    「2-A。今日の初戦だから早くグラウンド行こうぜー。」
    京介はちょっと嫌な予感がした。
    (2-Aのソフトといえば……。)



    「やっぱり眞輝だ。」
    「京介。お前フットサルに出てたんじゃなかったのか?」
    京介の予感は的中した。グラウンドへ行くとやはり居た、眞輝が。
    以前それぞれの出場種目について話したことがあったのでわかった。
    「うちのクラスにも被害者がいてさ、逃げようとした時に転んで捻挫したって言うからその代理。」
    「そうか。」
    ハァッと眞輝はため息をついた。
    (まったくこれ以上被害者が出なきゃいいんだけどな……。)

    「まったく体育祭ぐらいはのんびりできると思ったんだけどな。また面倒事が起こりそうだ。」
    「とりあえず今は試合集中だな。正々堂々闘おうぜ!」
    「あぁ。」
    ガツンッと二人は握った手をぶつけ合った。

    いよいよプレーオフ。一回表2-Cの攻撃。バッターは京介。対する2-Aのピッチャーは眞輝。

    眞輝は足を一歩前に出して投球体制に入り、投げた。
    ボールは風をきって飛び、バシっという豪快な音を立てキャッチャーミットにおさまる。
    ストライク!審判の声が響き渡る。
    あまりのボールのスピードに京介は全く動けなかった。
    「眞輝!お前写真部だろ?文化部だろ?!なんでそんな豪速球なんだ?」
    「まあまぁ。能ある鷹は爪を隠すもんだって。」
    「なんだそりゃぁっ?!絶対打ってやる。こいっ!」
    そう意気込んで挑んだ2球目……。
    バシッ!!ブンッ!
    見事なまでの空振り。2ストライク。

    「ホレ後がないぞ、しっかり球見てろよ。」
    眞輝はボールをポーンポーンと上に投げる動作を繰り返した。
    「うるせー。」
    あの楽しそうな笑顔がムカツクのだ。
    (今度こそ絶対塁に出る。)

    真剣勝負の第3球。
    ドガッ!
    「……〜っ。」
    眞輝の豪速球は見事に京介の左腰にクリーンヒット。
    京介はその場に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。
    「デ、デッドボール。一塁へどうぞ。」
    審判はオドオドしながらも、一塁へ行くよう指示する。

    これで目標通り塁へ出ることはできたのだが、嬉しいんだか悲しいんだか……。
    とにかく痛い。京介は左腰を押えつつよろよろと一塁へ歩いていった。
    「……悪い。手元がくるった。」
    「あ〜これぐらい平気だぁ……。」
    どう考えても大丈夫そうに見えない。

    この後も眞輝の投球は絶好調。
    一度もヒットを出すことなく試合は4-0で2-Aが勝利をおさめた。
    しかしこの試合の敢闘賞は京介。
    守備の時はデッドボールのダメージをもろともせず、ボールを取りに走る!
    自分のポジションをわかってないんじゃないかと疑わしくなるぐらいだった。
    京介の守備ポジションはレフトだったのだが、ライト方面へボールが飛んで行こうものならとにかく走る。しかも速い。その姿は飼い主により投げられたボールを拾いに走る犬の様だった。
    きっと彼には“京介とってこーい!”という幻聴でも聞こえていたのだろう。柵の外で応援していたギャラリーには犬の耳と尻尾等の幻覚が見えていたかもしれない。

    「京介、大丈夫か?」
    試合終了と同時に眞輝は京介のところへ駆け寄ってきた。
    「ああコレ?全然。もう治った。」
    京介はポンっと腰を叩いてブイサインをして見せた。
    「本当に悪かったな。でもワザとじゃないぞ?」
    「わかってるって。」
    京介はニヘっと笑いながら眞輝の肩を叩いた。

    「眞輝、ナイスピッチング。」
    柵の外で駿はグっと親指を立てた手を前に出した。
    「サンキュ。」
    「駿!フットサルの時間。」
    「まだ20分あるけど今から行くか。他の試合の結果も気になるしな。」
    「そだな。」
    じゃあなー眞輝、と言って二人は体育館方面へ去っていった。

    二人の背中を見送りながら眞輝は考えていた。
    (なんか嫌な予感がするんだよな。まだ何か起こる……?)

    予感は的中。しかも今度は生徒会メンバーのある人物も標的の一人となった。 体育祭3日目。最終日である。この日に全ての順位が決定する。

    朝の時点で正直眞輝はうんざりしていた。
    「また被害者が一人……。」
    ハァ〜。またもや発生した事件に4人は揃ってため息をついた。
    今日も2-Cの教室前で朝の会議を開催していた。
    なぜ2-C前かというと理由は簡単。4人の教室の真中にあるからだ。


    +        +        +


    「で、今度は誰?」
    もう聞きたくないといった様子の駿だが、一応尋ねてみた。
    「1-Cの卓球部員。被害パターンは他と全く同じ。」
    眞輝は頭を抱える。のんびり楽しめると思った体育祭にミソがついた。
    「犯行手口が同じということから連続通り魔の可能性が大きいな。」
    海斗は何かをノートにメモしながら言った。
    そのノートは昨日と今日の被害状況と被害者の詳細を書きこんだものだ。
    「俺もそう思う。でもどうしてうちの生徒ばかり被害に遭うのかがわからないんだ。」
    そうなのだ。東堂の生徒ばかりが被害に遭う理由がどうしても見つからなかった。
    それに被害者は学年も所属クラブもバラバラで、犯人の目的も謎。

    「あーせめて体育祭期間が終わってから事件起してくれれば良かったのにー!」
    京介はぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回した。
    「とりあえず今日も周りの動向に注意してみてくれ。」
    わかった、と同意を得たところで一同解散。

    その時から海斗は気になっていることがあった。
    (もう少しでわかりそうなんだけど……。何かヒントが足りない。)



    「あー午後まで暇だ。」
    京介は教室でのびを一つした。
    なんとか昨日のフットサルで勝利をおさめ、決勝トーナメントへの切符を獲得。
    試合は午後からなので午前中は本当に暇なのである。

    「駿ー昼飯の時間になったら起して。」
    「あーはいはい。」
    駿はこんな時にものん気に昼寝ができる相棒がちょっと羨ましいと思った。
    (ある意味才能、だよな。)



    「わかったかも……。」
    現在時刻11時30分過ぎ。
    体育館で試合を待つ間にずっと被害状況をまとめたノートとにらめっこしていた海斗は呟いた。
    キーになったのは京介の叫びとチラっと目を向けた試合の対戦表。
    被害にあった生徒のクラスにはある共通点があった。
    (いや、まさか。)
    そこに見えてきたのは信じがたい事実だった。
    (でもこれが本当だとしたらまだ事件は終わっていない。やばい!)

    『あーせめて体育祭期間が終わってから事件起してくれれば良かったのにー!』
    朝、そう京介は叫んだ。
    しかし、これは体育祭期間中だったからこそ起こり得た事件だったのだ。

    海斗は走った。向かうは2-Cの教室。
    バレーの行われる一階第1体育館から三階の2-Cの教室までは遠かった。
    (どうせなら間違いであって欲しい!)
    そう願いつつ走っていると、一階の廊下で駿に出くわした。

    「何そんなに急いでるんだ?」
    「き、京介は?」
    「教室で寝てると思うけど?どうした?」
    駿の問いかけを無視して海斗は再び走り出した。
    いつも冷静な海斗がこんなに焦っているのは初めてだ。
    ただごとじゃないと悟った駿も海斗の背中を追って走り出した。

    2-Cの教室を見渡すと京介の姿はどこにもなかった。自分の席で寝ていたはずではなかったか?
    「慧!京介知らね?」
    駿はとっさにクラスメイトに尋ねた。
    「あぁ15分ぐらい前にトイレに行ってくるとか言って出ていったけど。そういえば遅いな。」

    「当たったかも……。」
    「一体何があったんだ?」
    ドアの壁に手をつき、呼吸を正している海斗に駿は説明を求めた。
    「通り魔の謎が解けたんだ。うちの生徒、ばかりが被害に遭ったのは……偶然じゃない。はあはぁ。意図的に狙われたものだった。それ、にこれは体育祭……期間中だから起こったんだ。」
    海斗はかなり息切れをおこしていた。さすがに一階から三階までの猛ダッシュはキツい。
    「は?」
    所々途切れて聞いたのと、思いもよらない自体に駿は頭がついて行かなかった。
    「しかも、犯人は……うちの生徒。」
    「なっ?!」

    「被害に遭った生徒には共通点があったんだ。運動部というだけじゃない。出場する種目で、あるクラスと対戦することになっていたんだ。」
    「それってやっぱり偶然じゃないか?」
    「三つも重なれば偶然とは言い難いさ。それに犯人が高校生っぽいという証言もある。動機も……わかってる、かも。」
    「それで、犯人グループと動機は?」
    事件をまとめたノートと種目別対戦表を海斗は見せた。

    「2-Aのバスケ、2-Cのソフト。それに1-Cの卓球。これらのクラスは事件の翌日に3-Eと対戦している。」
    「3-E?あの超文化系クラスか。」
    3-Aが主将クラスと呼ばれるのに対して、3-Eは美術部、料理部、映画研究部、将棋部、などの文化系の部活の部長(元)や部員ばかりが揃っているクラスで、運動は苦手という超文化系クラスと呼ばれていた。

    「噂で3-Eは総合順位でも最下位になるって囁かれてただろ。」
    「せめて対戦相手の戦力を削っておこうとしたわけか。で、どうして京介を探してたんだ?」
    先程無視された質問だ。
    「そうだ、まだ事件が起こるとしたら駿か京介なんだ。フットサルの決勝リーグの初戦は3-Eと当たるんじゃないのか?」
    「そうだけど……。」
    「せっかく決勝トーナメントまで勝ちあがったんだ。向こうはここで負けるわけにはいかないだろう。そうなると前日に何かをするよりもっと確実な方法を選ぶはずだ。駿か京介のどっちかだと思ったんだけど、京介が消えたということは……。」

    謎だらけだったパスルは完成した。
    駿は京介を探しに走り出した。海斗もそれに続く。

    ドンッ
    「あ。すんませ……」
    曲がり角で駿は誰かにぶつかった。
    「なんだ?お前そんなに急いで。」
    ぶつかった相手は元サッカー部キャプテン相模だった。
    「キャプテン、京介見ませんでした?!」
    「あ、見たぞ。なんか体育倉庫付近で。あれは3-Eのやつらといっし……」
    「ありがとうございます!!」
    話を全て聞くことなく頭を下げて駿はまた走り出した。速い。さすが現サッカー部キャプテン。
    (決勝トーナメントまでに体力使い果たすかも。)
    まったく体育祭ものんびりできなかった。

    「なんだ、どうしたんだ?」
    その場に残された相模と海斗。お互いに顔を見合わせる。
    「あの、相模さん。ちょっとお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」
    ふとあることを思いついた海斗は相模に全てを話した。



    15分前。京介はトイレから教室に戻ろうとした際、3年生に声を掛けられた。
    「えー小上くん?」
    「そうっスけど?」
    見知らぬ3年生に話しかけられた京介は目を丸くした。
    (誰だっけ?)

    「俺体育委員なんだけど、ちょっとサッカー部の人にフットサルのことでお願いしたいことがあるんだけど。いい?」
    「すぐ終わることなら。」
    「あ〜終わる終わる。じゃ、ついてきて?」
    全く疑うことなく京介は3年生についていった。危機感ゼロ。

    3先生と共に校舎を出て、キャプテンと擦れ違った。
    そして体育倉庫についた時にやっと何かがおかしいことに京介は気付いた。
    「あの〜頼みたいことって結局なっ……?!」
    何ですか?と訊こうとした途端、ガラッと開いた体育倉庫内に引きこまれた。
    そして中に居た数人によってロープでグルグル巻き。手馴れた手つきだ。なぜこんなことが熟練されているのだろうか。

    「ちょっと待て!なんだこれは?!」
    さすがの京介も危機感を覚えた。
    (かなりやばいかもしんねぇ……。)
    「お前に試合に出られるとちょっと困るんだよね。なんとか優勝しなきゃいけないんだ。だから体育祭が終わるまでここでおとなしくしててくれな。」
    「だからってこんなこと……まさかあの通り魔も?」
    「そうだ。お前にわかるか?この屈辱が。超文化系派と言われたクラスにいる俺らの気持ちが。全員が運動できないと言われ馬鹿にされて。その超文化系派クラスにも体育の成績で10を取る生徒も居るんだぞ?!多少、いや多少じゃないかもしれないけど主要5教科の成績が悪くても俺は体育だけは10なんだぞ!!」
    かなりの熱弁だが論点がズレてはいないだろうか。しかも自分の成績の悪さを暴露してしまった。

    「おい、お前の成績は今は関係ないだろ。」
    仲間にツッコまれて熱弁をしていた3年生は我に返った。
    「オホンッ。だからせめて対戦相手の戦力を削り、できるだけ上位につけようと思ったんだ。」

    (この腐れ野郎どもがぁ〜!うがぁ〜!!)
    「だからってこんなことしないで正々堂々勝負しろぉー!これは犯罪だぞぉ〜!!」
    京介は縛られながらも精一杯ジタバタ暴れ出した。ただせさえ埃っぽい体育倉庫に埃が舞い視界が白くなる。
    ゲホゴホッ。その場に居た全員がむせた。

    「ゴホッ。おとなしくしろ!」
    3人がかりで京介を取り押さえにかかる。
    「うがぁっ!こんな時におとなしくなんかできるかいっ!」
    ちょっとツッコミ口調。
    「おとなしくしないとお前の相棒もすごいことになるぞ?!」
    「ばーか。お前らみたいな奴らに駿が簡単につかまるかよ。俺と違って賢いやつなんだからなっ!」
    密かに自分を馬鹿にしていることに京介は気付かなかった。
    イーッ。と京介は歯を見せて威嚇する。

    「もう我慢できねぇ。」
    頭に血が上った3年生が京介の胸倉を掴んだその時。
    カシャッという音と共にまばゆい光が体育倉庫を包んだ。
    「なんだ?!」

    一同が倉庫の入り口を見ると、そこには駿と使い捨てカメラを構えた眞輝が立っていた。
    倉庫付近で眞輝に出会い、一緒に突入したのだ。
    「宮川です。良い写真取らせてもらいましたよ。『後輩を殴る3年生。体育祭通り魔の謎に迫る!』なんて題名はどうでしょう?この写真が表にでたら大変ですねぇ。ハハハ。」
    お前は週刊誌の記者か。

    「そのカメラ、寄越せ!」
    犯人グループのうちの一人が眞輝に向かって突進してきた。するとサッと間に人が入ってきて、カメラを取り上げようとしていた3年を投げ飛ばした。一本背負い。お見事。
    投げ飛ばしたのは柔道部の主将(元)だった。倉庫の入り口付近には海斗と各運動部の主将(元)たちがわんさか集まっている。
    相模と廊下で遭遇した海斗が頼んだのは、主将(元)を集めて協力してもらうことだった。

    「さて主将(元)の皆さん。お願いします。」
    「うおっし野郎共このスポーツマンシップに反する奴らをこらしめてやろうぜ!!」
    「うぉー!!」
    男クサイ雄叫びが響き渡る。
    海斗と相模の一言で主将(元)たちが一斉に体育倉庫内になだれこんできた。
    そんなてんやわんやな状況を尻目に駿は京介を担ぎなんとか倉庫外に出る。

    「まったくお前何やってんだよ。」
    ロープをほどきながら駿は呆れた。
    「メンゴ。助かった。へへ。」
    本当にコイツは反省しているのだろうか。京介のヘラヘラした態度にムカッときた駿は京介の両頬を引っ張った。
    「あにすんらよっ!(なにすんだよっ!)」
    「日本語喋れ。」
    駿はぱっと手を離す。
    「喋ってるよ!」
    京介は両頬を押さえて反論した。

    さっきまで騒がしかった体育倉庫が突然静かになった。乱闘が一段落ついたのだろうか。
    駿と京介がそっと中を覗いてみると、犯人グループの3-E4人組が床に倒れ伸びていた。
    「うわーすげー痛そう……。」
    その光景を見て思わず京介は呟いた。

    「後は俺たちでなんとかしますから。先輩方有り難うございました。」
    「おお、任せたぞ。また何か困ったことがあったら相談してくれよ。」
    相模はポンッと眞輝の肩を叩いて、主将(元)たちを引き連れて出ていった。

    その時に相模は京介に何かを耳打ちした。
    『駿、思いっきり必死で探してたぞ。やっぱり大事な親友なんだよお前。駿も素直じゃないな〜。』
    ハハハハハー、と高らかに笑い相模は去っていった。
    (あの駿が?!)
    京介は我が耳を疑った。でも確かにキャプテンはそう言っていた。であのいつも自分にいじわるしかしない駿ちゃんが?!20へぇ。

    「何?お前必死になってくれたの?!」
    ねぇねぇ?と食いついてくる京介にうんざりした駿は、ゴンッと頭を殴った。しかもグーで。
    京介はその場に倒れた。頭の上には星とヒヨコがグルグルと回っている。
    「うるせーよ。」

    「これ、どうしたもんかね。」
    「それなら俺に良い考えがある。」
    体育倉庫の惨状を見下ろしながら、海斗と眞輝は対応について相談していた。

    「なあ、今何時だ?俺時計教室に置いてきたんだけど。」
    ひょこっと顔を出したのは駿だ。京介は外にほったらかしたままである。
    「12時32分。」
    携帯で時間を確認した海斗が答える。
    「やべぇ……。」
    駿は青ざめた。
    そういえばフットサルの試合は12時30分からだった。完璧遅刻だ。

    再び焦り始めた駿は外で寝ていた京介の胸倉を掴んでガックンガックン揺らした。
    「起きろ京介!西郷に投げ飛ばされるぞ!!」
    西郷とは、クラスメイトでありフットサルで強面GKを努めている生徒だ。1日目で遅刻しそうになった二人には『遅刻したら西郷による一本背負いの刑』が定められていた。
    略して西郷の刑、執行決定。

    「ここは俺たち二人で片付けるから、京介連れて試合行っていいぞ?」
    眞輝は駿に試合に行くよう促した。もう遅いとおもうのだが。
    「悪い。サンキュ。……京介行くぞ!」
    京介の頬をはたいて無理矢理起こした。
    「?」
    意識が覚醒していない京介を引きずって駿は走り出した。

    「さて作業を始めるか。」
    体育倉庫に残った眞輝と海斗は後始末を始めた。


    +        +        +


    試合終了直後に第2体育館に到着した京介と駿は、予想通りクラスメイトに怒られた。
    しかし駿の言い訳により西郷の刑は回避。
    その言い訳とは『京介が頭を打っておかしくなった。』である。
    おかしいのはいつものことではないかと思うのだが、なんとか危機は脱した。

    フットサルの試合は二人の助っ人のお陰で無事に行われたらしい。
    他の種目と時間が被っており人材探しには苦労したみたいだ。
    その助っ人のうちの一人が、担任の平松。23歳数学教師の彼は生徒会の顧問でもある。
    中学高校とサッカー部に所属していたという彼は心強い助っ人だった。
    相手は例の3-Eだったのだが平松のお陰で5-0の快勝。

    2回戦以降も順調に勝ち進み決勝で3-A、相模のクラスと当たった。
    両者一歩も譲らず接戦の末1-0で勝ったのはやはり年の功、3-Aである。
    「さっすがキャプテン。負けました。」
    「現キャプテンもなかなかだったぞ。」
    試合後に相模と駿は握手を交わした。


    閉会式で総合順位の発表が行われた。
    優勝は3-A。出場種目は全て優勝し、文句なしの総合優勝。さすがは主将(元)クラスである。
    2-Cは……まあ色々あり8位と微妙な位置。



    気になる体育倉庫事件の事後処理のことについて眞輝から聞かされたのは放課後のことだった。
    「え、警察に届けないの?」
    「この時期に警察沙汰になれば他の3年生の受験にも影響がでるだろう?推薦入試までもう何ヶ月もないんだ。だから違う方法で先輩方には罪をつぐなってもらうことにした。」
    「別の方法?」
    「コレ。」
    眞輝は制服のポケットから使い捨てカメラを出した。

    「決定的写真を収めたからさ、卒業するまでコレで強請りつづけようと思って。」
    ニッコリと眞輝は微笑んだが、笑顔で言うセリフではない。

    先程言っていた『作業を始めるか。』の作業とは強請ることだった。まずは伸びていた3年生を起こして、『この写真を表に出されたくなかったら、まずは被害者たちに謝罪をして下さい。それからこちらの頼みも時々にきいてくれますよね?写真を取り上げようとしても無駄ですよ。現像は一枚しかしないとは限りませんし、ネガも厳重に保存しますから。もうこれはこちらの要求に従うしかないですね〜。ハハハ。』
    と恐喝していたのだ。

    どう考えてもこの場合は眞輝の方が悪人ではないだろうか。
    京介も駿も同じ事を考えていたのだが敢えて口に出すことはしない。

    「被害者たちにも事情を話して同意を得ているからいいだろう。」
    いいのか?まあ被害者も了承しているのならいいのだろう。

    「これで事件解決!まったく俺たちが普通に参加できる行事ってないのか?」
    眞輝はう〜んと伸びを一つした。
    「ないんじゃないか?」
    海斗は即答した。

    「あー疲れた。部活休みだしもう帰ろうぜ。」
    「そうだな。」
    既に鞄を持っていた二人はじゃあなー、と言って帰っていった。



    「いつから気付いてたんだ?」
    「何が?」
    二人の背中が消えていくのを見届けながら目線を動かすことなく海斗が呟いた。
    「犯人のことについて、気付いてたんだろう?」
    「バレてたか。」
    そう。眞輝は海斗よりも先に犯人の目星をつけていたのだ。

    「体育倉庫に突入する時に眞輝はカメラを持っていただろ?最初はまたコンクール用の写真を撮るためにうろついていたのかと思った。でもよく考えてみたらコンクール用の写真に普通の使い捨てカメラを使うはずないだろう。しかも駿と会ったのは体育倉庫付近。これらを考慮したら自然とでてくる答えさ。いつからか犯人に気付いていた眞輝は次に京介か駿が狙われることもわかっていた。だけど、この場合に手を出しやすいのは京介の方だ。だから時間がある限り京介の周辺を張り込んで証拠をおさめようとしていたんだ。その時に使い捨てカメラを持っていたのは万が一の事態に身動きを取り易くするため。あのライカのカメラじゃ邪魔になるし傷ついたら大変だろう?」
    海斗は自分の推理を話し、どうだ?と眞輝を見た。

    「ハハッ。完璧だよ。全てお見通しなわけだ。」
    眞輝はパンパンっと拍手をした。
    「疑いを持ち始めたのは第一の事件の後。犯人が“高校生っぽい”ってところがずっと気にかかってたんだ。確信に変わったのは第二の事件の話を聞いてから。京介が朝“体育祭期間中じゃなければ”みたいなこと叫んでただろ?対戦表をチェックしてみたらドンピシャ。それから試合の合間をぬって京介のストーカーもどきをしてたわけさ。」
    眞輝も京介の一言にヒントを得ていたようだ。

    「どうして俺たちに言わなかった?」
    「敵を欺くには見方からっていうだろう?」
    「もしかしたら誰かが大怪我をしていたかもしれない……。」
    海斗の目が鋭くなった。
    今日はなんとか負傷者を出さずに済んだが、もしかしたら大惨事になっていたかもしれないのである。
    「まあ、今日は大事故にはならなかったわけだし。終わり良ければ全て良し!」
    「はぁ……。」
    ため息をついて海斗はうつむき眉間を押さえた。この3日間で一体何度ため息をついただろう。
    (まったくコノヒトは。)

    「元気ないぞ?」
    急にうつむいた海斗の顔を眞輝は覗き込んだ。
    「誰のせいだと思ってるんだ?」
    「俺か?」
    「さあな。」
    海斗は意味深な笑みを浮かべて答えた。

    「俺たちも帰らないか。」
    「俺部活ある。」
    「そうか弓道部も大変だな。」
    お疲れさん、と言って二人も別れた。

    海斗は一度教室に戻り鞄を取ってから、部室に向かった。
    (この精神状態じゃ滅茶苦茶だろうな。部活の前に精神統一するか。)
    鞄からMDウォークマンを取り出してイヤホンを耳にかける。ミュージックスタート。
    精神統一する時にいつも聞いているお気に入りの曲が流れる。
    (こんなに走ったのなんて久し振りだったな。あーマジ疲れた。)
    (来年の行事はのんびりやりたい。)


    ―――――――――― こうして、波瀾の体育祭は幕を閉じたのである。




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