これからはじめるCFD
BOY'S GAME

  • 登場人物が多いので、簡単な人物紹介ウィンドウを用意してみました。⇒ぽちっとな

    夏の海と小さな恋の物語
    「うるぁっ!くたばれっ!」
    「そんなスパイクは痛くもかゆくもないっ!!」

    夏といえば、太陽の光を反射してキラキラ輝く海。
    眞輝率いる東堂学園生徒会のメンバーも、夏休みを利用してバカンスへ訪れていた。
    現在、砂浜で行われている白熱したビーチバレーの試合。
    生徒会長・宮川眞輝と書記・葵駿のチーム『腹黒』VS副会長・小上京介と会計・上原海斗のチーム『某魔法使いと賢者の犬』が真夏の太陽の下で、その太陽に負けないぐらいの熱き戦いを繰り広げている。
    ちなみにこのチーム名は自チームにつけるのではなく、お互いに相手チームに付け合うという不思議な方式をとった。常日頃それぞれがどのように思われているのかがわかる命名方式だ。

    ネットを挟み、両者一歩も譲らずといった真剣勝負が繰り広げられているのにはわけがある。
    それは1ヶ月前にさかのぼる。



    1学期の終業式の数日前、生徒会室で一学期の仕事の整理をしていた時であった。
    「あのさー、八月なんだけどうちの別荘に遊びに来ないか?」
    東堂学園第42期生徒会会長である宮川眞輝は、手にしていた書類から目も離さずにさらりと言った。
    「?」
    各々自分のすべき仕事をしていた他のメンバーは手を止めて一斉に眞輝を見た。
    「毎年家族で言ってるんだけどさ、今年は仕事忙しいらしくて両親も姉貴も行けないんだ。で、俺が自由に使っても良いって言われたからお前らどうかと思ったんだけど。」
    眞輝は顔を上げ、茶色い長めの髪の毛をかきあげ、説明するように言った。
    「え、マジでマジで?海ある?海?!」
    副会長である小上京介は机に両手をついて体を乗り出すようにしてぴょんぴょん跳ねた。寝癖のついた黒髪も一緒に飛ぶ。
    「あるさ。別荘所有者限定のビーチが。」
    「ブルジョワジーってかんじだな。」
    書記の葵駿が、椅子の背もたれに寄り掛かり呟いた。
    「いや、でも俺ら受験生だし、そんな暇ないだろう。」
    「……。」
    どんな時も冷静さを失わない。それが生徒会会計、上原海斗だ。しかし、海斗の一言に他の三人が凍りついた。北海道の氷像祭りの作者も真っ青な見事な芸術的な氷像が一瞬にして完成した。確かに今年の春、三年生になった彼らは大学受験を控えた受験生だ。この時期は模試や予備校に通う生徒も少なくない。夏休みは受験生にとって重要な時期なのである。彼ら四人が生徒会役員でいられるのもあと三ヶ月を切った。

    「またまたーそんな硬いこと言うなって!」
    「そう言うお前は危機感なさすぎだな。」
    京介の言葉に駿はすかさずきついツッコミを入れる。京介はそんな駿を睨んだ。
    小学生から付き合いのある二人は言いたいことは迷わず言い合える関係だ。まあ、京介が一方的に駿によって攻撃されているだけのなだが。それでも二人は親友という関係を保っている。
    ある意味謎だ。
    「たまには息抜きも必要だよ。ずっと勉強ばかりしてても煮詰まるだけさ。」
    眞輝は笑顔で海斗の方を見た。
    「わかった。行くよ。」
    しばし黙って考えこんだ後、海斗は了承した。
    なぜなら海斗には眞輝の笑顔が
    『ほーら、お前に拒否権はないぞ。行くよな?というより行きたいよなあ?そうだよな?まさか断ることなんてしないよな?』
    と脅迫していたように見えたからである。
    「じゃ、詳しい予定決まったら連絡するから。」
    「よっしゃ、海だー!!」

    そして、つい2時間前に現場到着。
    目の前にそびえたつ豪邸。まず、その敷地の広さに呆然。京介などは、
    「コレ、自宅じゃなくて別荘なんだよな?」
    と確認するほど。推定130坪。二階建て、芝の庭と噴水付き。その辺の平均収入サラリーマン家庭の家よりでかい。父親が会社を経営しているという眞輝は間違いなく御曹子というやつだったのである。学校ではなんら周りの生徒と変わりはないが、こうして見るとたしかに仕草やオーラがなんだか洗練されているように見える。微妙にカルチャーショック。
    「気にするな。こんな所で突っ立っててもなんだし、中入ろうぜ。」
    眞輝に促されるように、京介たちは別荘の中へ入っていった。
    エントランスでも別荘の構造は一同を驚愕の渦に巻き込んだ。
    吹き抜けの空間の天井には豪華なシャンデリア。壁には有名な名画がかけられており、廊下の棚には高級そうな芸術品が数点飾られていた。しつこいようだが、これでも一応別荘だ。
    「あ、メイドさんが来るって言ってたんだけど断わったからさ、食事作るのとかは自力な。というわけで、俺は良いことを思いついた。」
    眞輝はにんまりと笑って言った。
    「またおかしなこと思いついたんじゃないだろうな?」
    海斗は嫌な予感がした。確かに、眞輝の思いつきに巻きこまれて大変な思いをしたことは一体何度あっただろうか。しかし今まで断われた試しは一度もない。全て、眞輝の笑顔一つにゴリ押されるのである。
    「そんな顔するなよ。大丈夫、まともな案だって。ビーチバレーで負けたチームが食事当番っていうのはどうだ?」



    というわけである。
    勿論断わるという選択肢はない。問答無用で眞輝の案採用決定。
    しかも『負けたチームは食事の用意全てを担う。』の他に『勝ったチームのリクエストした料理は絶対に作る。』『さらに食事後に一発芸を披露。』というルールも追加されたため、彼らは自分のキャラクターを捨て、必死で戦っているのである。
    「こンのテメー、なんで拾うんだよ?!」
    「拾うに決まってンだろーが、そう簡単に落としてたまるかよっ!」
    海斗の得意スパイクが炸裂するも駿の回転レシーブで見事に拾われてしまった。しかも常に冷静で優しいはずの海斗の口調がいつもと違う。なんというか、ガラが悪い。駿はいつものままであるが。
    「いやぁーハッハッ。なんていっても俺ら『腹黒』らしいからなぁ〜。」
    駿が拾ったボールを眞輝が上げる。顔は微妙に笑っているが、目だけが笑っていない。正直、恐ろしい。チーム名として『腹黒』と付けられたのを根に持っているようだ。“お互いのチームに名前を付け合わないか?”と提案してしまったのは自分だろう、などと今更つっこむ勇気のある人はいなかった。

    「ブラックアタック!」
    摩訶不思議な名前をつけたアタックをする駿。つまりは普通のアタックで、別にボールが五つ六つに見えるわけでも、ましてボールが消えてしまうというわけでもない。
    ちなみに和訳は『腹黒アタック』と考えていただきたい。駿も少なからず気にしているのだろうか。
    「賢者の犬レシーブ!」
    京介も負けずに趣味の悪い名前のついた技を披露。こちらも極々普通のレシーブ。誰が魔法使いで誰が犬だとか一切説明は受けていなかったのだが、そこはさすがの京介も気づいたようだ。犬が必死にボールに食らいつく様子を想像していただけると大変わかりやすい。

    「眞輝兄ちゃん!!」
    「は?」
    ポロッとボールを落として、熱戦に水を差すのは一体どこのどいつだ、と声のした方を見ると小学生ぐらいの少年が3人立っていた。
    「眞輝兄ちゃん来てたんだ。」
    「……タケルかぁ!ひっさしぶりだなぁ〜。大きくなって。一瞬わからなかったぞ。」
    タケルと呼ばれた少年の頭をぐりぐり撫でまわす。それを少年は抵抗するように手を払いのけた。
    「兄ちゃん、俺もう小6だって。子ども扱いしないでよー。」
    「あはは、もうそんなになるのか。3年ぐらい会わないと変わるもんだな。」
    「だって俺は毎年来てるのに、いっつも眞輝兄ちゃんいないんだもん。眞琴姉ちゃんとかおじさんやおばさんはいるのにさー。」
    タケルはふてくされたように言った。よっぽど眞輝に会えなかったことが寂しかったらしい。
    「ごめんごめん。今回は明後日までいるからいつでも遊びに来いよ。」
    「いいの?友達と来てるんじゃないの?」
    タケルは今まで忘れかけられていた前方の京介たちの方へチラっと視線をズラした。眞輝は思い出したように彼らの方を見た。
    「あぁ、こいつタケルっていってさ、俺の家の隣の別荘所有者の息子なんだ。」
    つまりはこの少年もブルジョワジーか、一同はそう思った。

    「そういえば凛はどうした?いつも一緒にいただろう?」
    「……。」
    眞輝がそう尋ねた途端、タケルの表情は曇り、黙り込んでしまった。
    「タケル?どうした?」
    「……もうあいつとは遊ばない。」
    俯いたままタケルは答えた。
    「あんなに仲良かっただろう?喧嘩でもしたのか?」
    「違う!俺、もう小6なんだぜ?!女となんか遊べるか!!行こうぜ!」
    何をムキになっているのだろうか。タケルは友人を引き連れてさっさとその場を立ち去った。残された眞輝はただタケルの背中を見ているしかなかった。

    「眞輝ー。続きしないのか?」
    「ああ。今行く。」
    そうは言ったものの、先ほどのタケルの発言が気になって試合どころではなかった。結局試合は中止。夕飯は全員で作ることとなった。


    +        +        +


    食後もリビングのソファーに座ったまま、眞輝はずっと眉間に皺を寄せていた。
    「気になるのか?」
    海斗は眞輝にコーヒーを差し出して、尋ねた。
    「あ、悪い。何?」
    「さっきのタケルくんの様子が気になるんだろう?」
    自分のコーヒーを手にしたまま、海斗は眞輝の隣のソファーに座った。
    「あぁ。俺の家の別荘の隣に、もう一つ別荘があるだろ?タケルの所と逆側に。そこの所有者には娘がいて、タケルと同い年なんだ。凛っていう子なんだけど、タケルと凛の家は親同士も仲が良くて、子どもたちも同じ小学校の同じクラスですっげー仲良くて、いっつも一緒にいたんだ。それが急にどうしたのか、と思ってさ。」
    「そういう年頃なんじゃないか?このぐらいになると性別を意識し始めるだろう。」
    海斗は足を組み直して言った。
    「俺にも覚えがある!小学校の時クラスの女子が無性に恐かったもん。だから一緒に遊ばなくなったし。」
    「それはお前が掃除をさぼるから、箒を持った女子に追いかけまわされただけの話だろうが。」
    京介の苦い思い出。
    彼には小学校高学年の時に掃除をサボるたびに箒を武器に持った女子に学校中を追いかけまわされた記憶がある。そして、真面目に出席していた駿は我関せずといったように黙々と自分の役割をこなす。しっかり一人分の仕事を残されていた京介は、みんなが帰った後に一人で掃除をしていた。悲しい記憶。もちろん駿は先に下校。無駄な抵抗はせずに最初からみんなと掃除をしていればこんなことにはならなかっただろうに……。
    そういうこともあり、京介は女子を恐れ一緒に遊ばなくなったのである。
    まあ今回のことには無関係だろう。
    「そういうのとは違う気がするんだけどさー。なんか他に理由があると思うんだけどな。」
    眞輝はうつむいて額に手を当てた。

    「だいぶ降って来たな。」
    海斗がちらっと窓の方へ視線をやると外はどしゃぶりだった。昼間の快晴が嘘のようだ。夕食時からぽつぽつと雨雲から水滴がしたたってはいたが、つい先ほどから本格的に降り始めた。
    リビングの窓は庭に繋がる部分だけ全面ガラス張りで、庭がすべて見渡せる。そこに人影が現れた。傘をさした小さな少女のようだ。
    「誰か来たんじゃないか?」
    「ん?」
    眞輝が窓の方へ行って確かめると、それはよく見知った少女であった。
    「凛!」
    眞輝は慌てて玄関から外へ出た。

    凛をリビングへ招き入れ、ソファに座らせた。眞輝はソファに座らずに凛の前にしゃがんで、目線の高さを合わせている。他の3人もなんとなく周りに立っている。
    「どうした?」
    「あのね、眞輝お兄ちゃんが来てるってママに聞いたの。」
    「うん、さっき会ったよ。」
    「凛、タケちゃんに嫌われちゃったの。」
    うつむいている凛の目からぼろぼろ涙がこぼれた。
    「さっきビーチでタケルにも会ったよ。3年ぶりに会うと変わるもんだな。」
    「タケちゃん何か言ってた?」
    「……『凛とは遊ばないって言ってた。』」
    眞輝は辛そうな顔をして言った。
    「やっぱりだ。凛、何か嫌われることしちゃったのかなぁ?」
    「いつからそんな風になったんだ?」
    「わかんない。でも、凛もうすぐイギリスにお引越しするのに、このままじゃやだよ〜。」
    凛は両手で顔を覆って泣き出した。眞輝ははっと、何か思いついたように口元に手を当てて考え始めた。

    「凛、タケルにそれ言ったか?」
    「何を?」
    凛は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて尋ねた。
    「引越すってこと。」
    「言ったよ?びっくりしてた。」
    「それから、タケルの様子がおかしくなったとかは?」
    「う〜ん、どうだっけ?わかんないけど、そうかもしれない。」
    「ふーん。」
    眞輝は一人真相がわかったかのように、満足そうな顔をしていた。
    (さて、どうしたもんかね。)


    +        +        +


    次の日の夕方、眞輝はタケルを宮川家別荘に招いた。
    外は依然として雨が降っている。これではせっかく海に来たのに意味がないではないか。

    リビングのソファーにはタケルと対峙するように眞輝が座っている。その隣には京介がちょこんと座っていた。
    「昨日、凛がうちに来たぞ。」
    「だから、あいつはもう関係ないんだって。」
    ふてくされたようにタケルは言った。
    「タケル、どうして凛と仲良くしないんだ?」
    「だから、それは俺は小6だし、男と遊んだほうが楽しいんだって!」
    眞輝の質問にタケルは少々ムキになって答えた。その様子を見て、眞輝は一つため息をついた。
    「凛、もうすぐイギリスに引越すらしいな。いつこっちに戻ってくるかもわからないんだってな。」
    「知ってる。」
    「お前がこういう態度に出たのも関係してるんだろ?」
    「……。」
    無言だが、タケルの肩がピクッと反応した。
    「脈アリ。」
    眞輝は面白いおもちゃを見つけたいじめっこのような顔をして、ニヤリと笑った。
    「やっぱり兄ちゃんに隠し事はできないな。」
    タケルは観念して、真実を語り始めた。

    「夏休み前に学校から帰るとき、凛から『イギリスに行かなきゃいけないの。』って言われてさ、その時はちょっと寂しいな、とか思ったけど、またすぐに会えるって思ってた。でも、俺の母さんと凛の母さんが立ち話してるの、聞いちゃったんだ。『いつ帰って来れるかわからない。』って言ってた。それで、もしかしたらすっごい長い期間凛と会えなくなるってことを知ったんだ。もう二度と会えないかもしれない。そう考えたら、俺たちが仲良くしてた分だけ、別れるときに辛くなるだろ?俺も、凛が好きだから、別れがたくなるかなって。」
    「それで、凛に辛くあたるようにしたのか。」
    「俺が凛に嫌われれば、解決するんじゃないかって思ったから。そうしたら、凛だけでも、悲しい思いはしなくなるかなって。」
    タケルの表情は、話しているうちにどんどん曇っていったが、それと反対に眞輝の顔は満足そうに笑っていた。
    「やっと吐いたか。だそうだ凛、出てきていいぞ。」
    眞輝の合図でリビングに繋がる部屋のドアが開いた。
    「な、えぇっ?!」
    予想外の出来事にタケルが動揺して振り向くと、そこには海斗と凛が立っていた。隣の部屋で全ての話を盗み聞きしていたのだ。

    「兄ちゃん。俺、ちょっと用事思い出したから、帰るわ。」
    タケルは逃走しようとリビングのドアを開けると、そこには駿が立っていた。
    「残念でした。」
    「ぬぁ〜離せ〜!」
    駿は暴れるタケルをひょいと肩に担ぎ、凛の目の前に下ろした。
    タケルはチラッと傍らに立つ眞輝に視線を寄越したが、
    『男なら逃げたりしないよな?』
    と眞輝は目で威嚇。

    「タケちゃん、さっきの本当?!」
    タケルが口を開く前に、凛が先に問い詰めた。
    「……本当、だと思う。」
    「……凛、嫌われてないの?」
    「嫌ってないよ。だってさ、お前泣き虫だし、引越す時、絶対に泣くと思ったから。」
    タケルは真っ赤な顔をして、少し俯いて言った。一方の凛はへなへなと力が抜けたように床に座り込んだ。
    「良かったぁ〜。凛、絶対タケちゃんに嫌われたのかと思ってた。何か、いけないことしたのかなっていっつも考えてたけど、全然わかんなくて、もう、タケちゃんと遊べないのかと思った。」
    凛はぼろぼろと大粒の涙を流して泣き出した。
    「だから、お前泣き虫なんだよ。」
    「これはタケちゃんのせいだもん〜。」
    うわぁ〜んと更に声を出して泣く凛にタケルは困ったように“悪かったって。ごめんな。”と言いながら頭を撫でてやった。

    「タケル。女の子は泣かすな。」
    「別に泣かそうとして泣かせたわけじゃねーよ!」
    眞輝はタオルで凛の涙を拭ってやった。そして、タケルの方を見て言った。
    「ずっと仲良くしてきた人と離れるのは相当辛いことだよ。でも、よく考えてみろ。好きな人に嫌われたと思ったまま別れることと、例え辛くてもお互いに気持ちが通じ合っていると思えたまま別れるのと、どっちのほうが幸せなのか。相手だって、自分の幸せを考えてくれているはずだ。一方は幸せな別れ。一方は辛い別れ。そんなことなんて望んじゃいないんだ。本当に好きな子のことを考えるなら、その子の気持ちを良く考えてやることだ。一人前の男ならな。」

    「やっぱり。眞輝兄ちゃんは格好良いや。」
    タケルはハハッと笑いながら言った。
    「だって、凛の初恋の人だもん。」
    「えぇ?!」
    凛の発言にタケルは大声を張り上げた。
    「でも、今はタケちゃんが一番だよ。」
    「だ、そうだ。良かったなタケル。泣かすなよ。凛泣かせたら、本気で殴るぞ。」
    眞輝はタケルを殴るフリをした。
    「わかってるよ。」


    「雨、上がったな。」
    事の一部始終を見物していた、海斗が窓外を見ると青空が上がっていた。
    凛の心の中と同じ、雨上がり。庭にできた水溜りは太陽の光を反射してキラキラ光っていた。



    「あ!数学の補習あること忘れてた!!」
    「何ィ!いつからだよ?!」
    平和な空気が漂っていたが、それは京介の発言により見事に崩された。隣に立っていた駿は驚いて、さっと京介の方を見た。
    「今日、えへ。」
    「なに『エヘ。』とか可愛い子ぶってんだよ。馬鹿かお前は!帰れ、今すぐ帰れ!!平松っちゃん怒らせる気か?」
    平松っちゃんは、26歳独身数学教師で京介と駿のクラスの担任でもあり、生徒会顧問でもある。怒らせると眞輝より恐ろしいと評判である。
    「もう無理だってー。」
    駿より当人の方が危機感がない。
    「少しでも誠意を見せろ!補習サボって俺らと海に来てたなんて知られたら俺達まで被害に遭うんだぞ!」
    「「なに?!」」
    ずっと静観していた眞輝と海斗も駿の言葉でことの重要さに気づいたようだ。
    「駿、なんで京介を連れて来たりしたんだ?!」
    「俺、補習受けたことないから日程知らねーもん!」
    「「確かに。俺らも知らない。」」
    「ちょっと待て!密かに俺だけバカって言ってないか?」
    駿の言葉に眞輝と海斗は納得したようだが、京介は納得いかないようだ。
    「仕方ない。どうせ明日の朝には帰るんだし。俺がなんとかする。」
    「さっすが眞輝!助かるよ。」

    こうして優雅なバカンスは終わった。


    +        +        +


    「話が違う……。」
    補習が終わった生徒は一足遅い夏休みを迎えていた。学校内には部活にいそしむ生徒の姿以外は見られない。そんな中、京介ただ一人が重たいダンボールを抱えて廊下を一人で歩いていた。
    なぜそんなことをしているのか。それは眞輝の『俺がなんとかする。』というセリフに起因する。


    別荘からの帰り、京介は眞輝から1通の手紙を預かっていた。平松に渡せと言われていたので、一日遅れで補習に参加した京介は、素直に手紙を渡した。すると平松は、ニヤッと笑い、
    『男に二言はないな?』
    と言ったのである。
    手紙の内容を知らない京介は、眞輝がなんとか平松をなだめたのだと思い、
    『はい!』
    と元気良く返事してしまったのだ。

    実は、手紙の中身は反省文だった。そこに書かれていた文章とは……

    <先日、わたしの不徳の致すところにより、数学の補習を欠席してしまいました。1度ぐらいなら大丈夫だという甘い考えを持っていたのです。そのような考えを生み出してしまったものこそ、自分の心の弱さや幼さだったのだと思います。常日頃からわたしたちの大学進学のために尽力を注いで下さっている先生にはまったく申し訳なく、頭が上がらない思いで一杯です。本日より心を入れ替え、先生方の期待に報いるべく、勉学に勤しむことをここに誓います。
    しかしそれだけでは、わたしの後悔の念はおさまりません。そこで補習終了後の1週間先生の助手として働くことを志願します。どんな仕事でも文句を言わずに実行しますので、宜しくお願い申し上げます。
    <小上京介



    反省文を渡すことで、眞輝は自分への被害を見事に回避。
    しかし、この反省文を書いたのは京介本人でないことを平松は気づいていた。なぜなら京介にしては字が綺麗すぎたからだ。それでも自分の利益を考えて、京介を扱き使うことにしたのだ。教師らしくない教師・平松圭太。
    「宮川も、まだまだ甘いね〜。」
    京介に仕事をさせている間、平松は反省文を片手に自分は一服していた。執筆者が眞輝であることも見抜いていた。

    その頃眞輝は自宅で受験勉強に励んでいた。
    「さて、京介はどうしてるか……な?」
    丁度、携帯がブルルっと振るえた。駿からのメールだった。

    <送信者:葵駿
    <件名:(no title)
    <本文
    今日部活見に行ったらさ、
    廊下でダンボール運んでる京介が見えたぞ。
    手伝わなかったけど。

    あの手紙、わざと直筆で書いただろ?
    って、どうでもいいんだけど。
    じゃーそれだけだから。
    --end--


    「わざと、ね。別にワープロ打ちしてもよかったけどさ。京介本人が書いたものじゃないって判らせたほうが、平松センセーの悪戯心に火がつくだろうからね?頑張れよ、京介。」
    携帯のディスプレイを見ながら眞輝は呟いた。

    宮川眞輝と平松圭太、どっちがより性格が悪いのか。
    知っていたとしても、口にできるものはいない。



    「チクショー!俺の夏休み!!」
    京介の叫びは校内に虚しくこだました。




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