「ねぇ、ますみ」
朝練の後、部室から教室へ向かう途中で後ろから誰かに肩をポンと叩かれた。
振り帰ると、なっちゃんが眉間に皺を寄せていた。
「ん、なに?」
「ますみ、噂になってるよ」
「は?ウワサ?」
私、噂になるようなことやらかしたっけか。
「うん。ますみが古賀くんと三宅くんと……」
「え、二股かける悪い女だって?」
「いや、ちがくて」
「二人と泥沼三角関係とか?」
「それもちがくて」
違うのか。だったらなんだ。
別に噂がたつようなことはしてないつもりなんだけど。
「ますみが古賀くん三宅くんとお笑いグループ作って、本気でレッドカーペッド狙ってるって」
「………………え、なに?ごめんもう一回言ってくれない?」
私の聞き間違いかな。
なんか予想していたのと大きく異なる回答が返ってきたんだけど。
おかしいな。昨日耳掃除したのに。
「だから、三人でお笑いグループ作って東京進出狙ってるんでしょ?」
「……なんだソレ?」
「違うの?」
「当たり前でしょ。なんで私がお笑いなんか」
私はバスケ一筋だし、大学行ってもバスケは続けるつもりだ。
もちろん、古賀くんと三宅くんも大学で野球を続ける予定だろう。
お笑いグループなんて考えたこともない。
「違うんだ……」
「考えるまでもなくデマでしょ。その噂聞いた瞬間に否定しておいてよね」
「いや、もしかしたらあるかもとか思って」
「ないから。私たちが三角関係にあるとかいう噂なら考えてもしかたないけどさ」
「そっちなら秒速で否定してるわ」
「あ、そっスか」
私たちってそういう感じに一切見られていないらしい。
まぁね。本人達も自覚してるさ。
三人が揃っている光景は、さながら休み時間の小学生並みってことぐらいさ。
「あっははははは、それは大変な噂だね!」
「笑い事じゃないでしょ、古賀くん。不思議でしょうがないんだけど」
「俺まで巻き込まれていい迷惑だよ」
「何言ってるの。三宅くんも立派な当事者だよ」
お昼休み、古賀くんと三宅くんに今朝の出来事を話した。
古賀くんはなんだか嬉しそうに爆笑しているのに対し、三宅くんはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「俺、友達選び失敗したかな」
「ヒドイな三宅くんてば」
「そうだよ。エロいよ浩紀」
「今はエロの話は関係ねーだろ」
「あー、わかったかも。……こういうのが理由かな」
なんとなくわかってしまった気がします。
そうか。原因は自分たちに在り。
「どういうの?」
「そういうの、かな」
「まー。俺もわかるけど」
「浩紀と瀬戸ちゃんの二人だけの秘密なんてヤラシーんだ」
「お前は小学生か」
「もー。三宅くんってばセクハラー」
「え、俺なの?この場合悪いのは俺なの?!」
だから普通に教室でこういうやりとりをするからいけない。
気をつけなくてはいけない。そうしなければ、
「私の女度がどんどん下がっていく……」
「その点は瀬戸ちゃん大丈夫だよ」
「古賀くんよ。何がどう大丈夫なのか100文字以内で説明して欲しいのですが」
「瀬戸ちゃんの女度はそれ以上は下がりようがな……」
「英志ストーップ!!」
「三宅くんってば、止めるの遅い!!全部聞こえたから!」
慌てて三宅くんが古賀くんのセリフを遮った。
けれど、それは完全に間に合ってはいない。
「いや、だから悪いのは俺なのか?」
「そうだよ、浩紀だよ」
「そうか。ゴメン」
「ちょっとー。ここは素直に謝るところじゃないよ、三宅くん」
ここはさ、なんていうか古賀くんも鋭い突っ込みを求めていたんだと思うの。
かくいう私もそれを期待してたんですが。
「こういう場合、素直に謝ったほうが話が収束すると思って」
「それってつまり『おめーらにはもう付き合いきれねぇよ!』的な意味でOK?」
「え、これは浩紀的なボケでしょ?実は突っ込んで欲しかったんだよね?」
「三宅くんはボケをボケで返したと?」
「浩紀が突っ込みを放棄した奇跡的瞬間だね」
「何、私たちってば歴史の立会人?」
「あのさ、お前ら俺の話ちゃんと理解できてる?」
私と古賀くんが話を壮大な方向へ無理やり持っていこうとしたところで、三宅くんの呆れたような力のない台詞が割って入ってきた。
「俺、そこまで国語の成績悪くないけど」
「国語の話じゃない。これはむしろ道徳じゃね?人の気持ちが理解できる大人になりましょうっていう」
「じゃあ、俺さ道徳の成績すっごい良いんじゃない?高校に道徳の授業ないのすっごい残念なんだけど」
三宅くんの攻撃をさらりと余裕でかわす古賀くん。
ここは二人に任せて私は黙っていようと思う。
やばくなったら……逃げよう。こっそりと退散してやれ。
「よくいえるな。お前のポジティブさは尊敬に値するわ」
「えー、俺そんなにポジティブシンキングじゃないよ?俺ね、こう見えてナイーブだから。ナイーブでデリケートでアンニュイ?みたいな」
あ、ちょっと最後に疑問系入った。
たぶん本人意味わかってないんだと思う。いや、絶対。
「じゃあ、あのポジティブ変換はなんだ?」
「あぁ、俺脳内にリアルタイム変換機能がついてんの。俺の意志じゃないよ?勝手に変換されちゃうんだ。困ったよね」
なんてハイテク機能なんだ。となるとちょっと試してみたい。
「ねぇ、古賀くん」
「なに?」
「どんな言葉でもポジティブに変換できる?」
「できるよ。なんでも言ってみて?」
「じゃあ、古賀くんて“無神経”だよね」
「古賀くんて“ちっちゃいこと気にしない器の大きい人間だよね”でしょ?そんなの今さら誉めてもらわなくても知ってるよ」
いや、別に誉めてないし、一切。……というのは言わない。
「じゃあさ、英志ってば“自己中”だよな」
「英志ってば“周りに流されないで自分のポリシーを貫き通す芯の強い男だよね。まさに男の中の男ってかんじ?そんな英志に俺のやきそばパンを献上したい!”だね」
「なんでだよ!長すぎるうえに最後の方もはやポジティブとか関係なくなってるぞ!」
そう言いながら三宅くんは古賀くんに取られる前にそそくさとやきそばパンを自らの胃の中におさめた。
「じゃ、じゃあ古賀くんもう一個!」
「えー、こっからは料金取るよ?」
「あ、じゃあ英語のノートはもう……」
「はい!なんでもどうぞ!瀬戸ちゃんには特別大サービスだよ!」
「三宅くんて“セクハラ大魔神”だよね」
「え、なんで俺?」
「それは生まれ持った天性のものだから仕方ないんだよ。むしろ才能とでもいうべき?」
「そうだよね。そこは誇りに思うべきところだよね!」
「ちょ、ちょっと待て。はい、二人ともちょっと待とうね」
「あーもー、浩紀にはがっかりだ!」
「お前らマジで俺に何を求めてるわけ?」
「えー」
「なにって……」
私と古賀くんは二人で顔を見合わせてニヤッと笑った後、
「「笑い」」
と声を合わせて言うと、
「そういうところが噂の元なんだよ」
と三宅くんは呆れたように呟いた。
「あ、もうすぐ休み終わるね。五時間目なんだっけ」
「世界史だな」
三宅くんが掲示板の時間割表を見ながら答えてくれた。
「午後イチから世界史とかテンション下がるよね」
「英志はどの時間が何の教科でもテンション低いだろ」
「俺、体育の時はハイテンションだよ」
あぁ。あの異常なまでのテンションですね、わかります。
早く授業終わらないかな、なんて考えながら鞄から教科書を取り出して机に入れようとしたとき、机の中に何かが入っているのに気付いた。
置き勉はしていないのに、何か入れっぱなしだったかな、とか思いながら机に両手を突っ込んで中を探ってみると、右手が何か紙のようなものを掴んだ。
「なんだコレ?」
グシャッと謎のブツを掴んだまま机から取り出して、目の前で広げたソレは、
「何それ、手紙?」
横から古賀くんが覗きこんできた。
古賀くんの言った通り、私の手の中にあるのは、まごうことなく手紙だった。
真っ白い封筒に書かれた宛名は“瀬戸ますみ様”。私だ。
「それ、瀬戸ちゃん宛ての果たし状?」
「まさか。そんな時代錯誤すぎるでしょ」
「わかった。不幸の手紙じゃね?」
「今の時代になって不幸の手紙?現代っ子はチェンメでしょ」
っていうか、二人の中の私ってあまり良くないことばっかりしてるイメージなんだろうか。
果たし状とか不幸の手紙とか、誰かに恨まれてなきゃ送られて来ないだろう。
「送り主の名前は……書いてないな」
封筒の裏側を見ても何も書かれていない。
「瀬戸ちゃん、早く開けてよ」
「なぜ古賀くんがそんなにワクワクしているんでしょうね」
「瀬戸、早く!」
「三宅くんもかい」
後ろと右隣の席から“早く!”コールとプレッシャーを受けながら、封筒の端をビリッと破って中に納まっていた一枚のルーズリーフを取り出した。
「ルーズリーフて。なんか違うよね」
「もっと相応しいものがあるだろうに」
ちょっとボルテージの下がった風な二人を放置しつつ、三つ折りにされていたそれを開き、書き綴られていた文章に目を通す。
「こ、これは……」
「瀬戸ちゃん、これって……」
「せ、瀬戸、これはまさか……」
私達三人の声は震えていた。
なぜかというと、
「「「ラ、ラブレター?!」」」
17年と数ヶ月生きてきて、初めて貰い受けましたラブレター。
用紙がルーズリーフだろうとそんなの関係ない。
便箋を探してる余裕すらないほど、熱くほとばしる気持ちを押え切れなかったのだろう、
と前向きに解釈をしておく。
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瀬戸ますみ様
あなたを初めて見た時から、太陽のような輝きを放ち、周りを自然と明るくするその笑顔に惹かれておりました。
あなたはこの世の奇跡だ!
暗いこの世の中を照らす唯一の光だ!
燃料費高騰や補助金の減額で生活に苦しむ農村民に救いの手を差し伸べる女神だ!
いつまでも僕の希望でいてください。
僕はあなたに気持ちを伝えたかっただけです。
別に貴女様と付き合おうなんて気持ちはこれっぽっちもございません。
貴女様は雲の上の存在です。高嶺の花です。
僕には手の届かない存在なのです。
ですから、いつまでも輝きを失わず僕の前で光り輝き続けてください。
それだけが僕の願いなのです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
あなたを尊敬する人間より。
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読破したあと、私達3人はしばらく無言でその内容を反芻させたのち、
「どこから突っ込むべきなのかな。農村民かな……」
私は突っ込みどころの多さに困惑し、
「あっははははは、すごいね。これラブレターっていうより詞?!ポエムじゃん!あはははは」
古賀くんはツボに入ったらしく大爆笑で、
「ぶっちゃけ、コレ悪戯じゃねーの?」
三宅くんは素直な感想を述べた。
「女神とか奇跡とかいう表現を使う割りに、燃料費とか補助金とか一部ものすごい現実的な言葉が出てくるよね」
「よしんばコレが差出人が本気で書いたラブレターだとしても人違いなんじゃねーの?」
「まさか。だって、これってまんま私のことでしょ?女神とか高嶺の花とか」
「え、これって判断に困るんだけど。笑うとこなのか?」
「なんで笑う必要があるのよ。って、古賀くんってばいつまで笑ってんの?!」
三宅くんが失礼なのはいつものことだし、古賀くんが笑い上戸なのもいつものことだけど、それにしても今日の古賀くんは笑いが長いと思う。
そんなにツボに入ったのかな。
「コラ、いつものそこ三人静かに!」
知らない間に先生が教室に入ってきてた。
そして三人まとめて怒られた。何故か。
「ちょ、先生!うるさいのは英志だけでしょ?!俺関係ないって!」
「私も関係ないよ?!」
「どうせお前らが古賀を焚きつけたんだろ。どうにかしろ」
「えぇ、ちょ、先生ソレ濡れ衣!」
なんとか古賀くんの笑いを止めようとして、三宅くんが強攻策に出た。
古賀くんの頭を教科書で一発ベシッと。
あまりにも簡単に笑いが収まってびっくりしたと同時に一安心。
こうして平和に授業が始まることになったのだが、授業が始まって数分後に古賀くんからメモが飛んできた。
『俺も、対抗して瀬戸ちゃんにラブレター書こうかな。面白いやつ』
ラブレターに面白さは一切求められてはいないのだけど、一応『期待してる』とだけ返した。
とりあえず、私の目下の悩みは、この意味不明なラブレターの処遇だ。
捨てるべきか保存しておくべきか。
答えは2択の中に在り。