これからはじめるCFD
夏が終わる前に



09. 消しゴム貸して



「うおっ、俺窓際だ」
「えー。浩紀いーなー」
「外見て暇つぶしできるね」
今日のHRは席替えの時間だ。廊下側の席から順番にクジを引いていく。
私と古賀くんは今は同じ列で、三宅くんは古賀くんの右隣の席だからクジを引く順番が早い。
教室内は歓喜と落胆の声が入り混じっている。
学生にとって席替えは今後の生活の命運を分けると言っても過言ではないぐらい重要なイベントなのである。
「次の列の人クジ引きに来てくださーい」
ようやくわたしたちの列の番がやってきた。
私と古賀くんは教卓に置かれている箱からクジをそれぞれ一つずつとって席に戻った。
四つ折りにされているそれをゆっくり開いて、中に書かれている番号を確認する。
黒板には座席表と番号が表記されており、自分がどこの席なのかを探した。
座席表の数字はランダムに書かれているため探すのが面倒だ。
「あー、俺窓際から2番目だ。まあまあだね」
先に自分の席を発見した古賀くんが感想をこぼした。
「英志、何番?」
「16番。窓際から二列目の後から三番目」
「すっげー席近いぞ。俺4番だもん。窓際後ろから二番目」
二人で座席表を指さしたりしてお互いの席を確認しあう。
なんか今回も席が近いらしい。
三宅くんの右斜め前に古賀くん。丁度今の私と三宅くんの位置関係だ。
「瀬戸ちゃんは?」
「やー、今探して……あ、あった」
そしてようやく自分の座席の位置を確認することができた。
「どこどこ?」
「私も窓際だ」
「え、マジで?何番?」
「29番」
「29番て……」
「俺の前の席だし」
私は見事に三宅くんの前の席を引き当てた。
それすなわち、古賀くんの左隣の席でございます。
「位置関係的にはそこまで変わらないよね、私たち」
「なに。誰か裏工作でもしてるわけ?」
というか、私たちを固めて座らせると騒がしくなることがわかっているのに、わざわざ裏工作をするなんていう奇特な人はいない。
裏工作なしにここまで席がかたまるとか、かなりの確率だ。
ある意味奇跡に近い。
「それじゃー全員クジを引いたので、新しい席に移動してくださーい」
学級委員の号令でそれぞれ机の上に椅子をひっくり返して乗せて、鞄を抱えて新しい座席へと移動。
席替えは楽しいんだけど、この作業がものすごく面倒だ。
「あー、左半分だけ焼けそう」
「俺はあんまり気になんないけど。瀬戸も日焼けとかそういうの気にすんだ」
「全身一気に焼けるならあまり気にならないんだけど。半分とかさぁ、おかしいでしょ」
「ああ。そういう理由」
別に炎天下の中で普通に外バスケとかもするし。
その時は朝だけ日焼け止め塗ったりもするけど、どうせ汗で全部流れちゃうし。
もうそれ以上は付け直したりはしない。
「瀬戸ちゃんが隣だと、俺また授業中退屈しなさそう」
「おかげさまでこっちは授業中ものすごい忙しいことになるんだけどね」
「でも楽しいでしょ?」
「楽しいですよ?ものすごく」
前後の席だったときでさえ古賀くんが頻繁に手紙なりを回してくるから、授業中はノート取るのと返事書くのに忙しかった。
いや、楽しいんだけどね。
隣になったら手紙も回しやすくなるから、今度はもっと忙しくなりそうだ。

その後のHRは特にすることもなくなったので、自習になった。
私は数学の課題プリントを片付けてしまうことにした。
「瀬戸ちゃん勉強するの?」
「課題やっちゃおうと思って。古賀くんも今片付けたら後で楽だよ」
「えー……、うーん、わかった。俺も課題しよー」
お、今日は素直だ。どういう風の吹き回しだろうか。
ようやく受験生としての自覚が芽生えたか。
三宅君に遅れることおよそ一週間。
やっぱり相方が与える影響は大きいのかな。
そんなことを考えながらプリントの問題を解きはじめた。
基本的な問題が多くて思ったよりも早く終わりそうだ。
あと残るは最後の一問になったとき、お隣から声がした。
「あれ、消しゴムないや」
「忘れたの?」
「五時間目まではあったよ。落としたのかな」
そう言いながら、古賀くんは少し体をかがめて教室の床を見渡した。
私も同じように消しゴムを探してみる。
「あった?」
「ないや。まーいっか。今日はもう授業ないし」
「今必要だったんじゃないの?」
「家帰ってから消すから大丈夫だよ」
「私のでよかったら使う?」
「いいの?」
「いいよ。消しゴムぐらい。どーぞ」
私の消しゴムはそこまで高級品じゃないですから。
ぶっちゃけ一個80円ですから。そこまでケチるほどの品でもない。
「ありがとー」
使用後すぐに戻ってくるかと思えば、なぜか古賀くんは消しゴムをケースからキュポッと取り出した。
「古賀くん。変なこと考えてない?」
「変なことじゃないよ。ものすごく素敵なことだよ」
とは言うものの、私にはわかります。
君はものすごく楽しそうな顔をしているではないですか。
絶対ロクでもないこと考えてる証拠だよ。
「そこに誰かの名前書いたりしないでね」
「え、なんでわかったの?!」
「わかるから。消しゴムをケースから出してすることは一つだから」
そこに書こうとしている名前も予想ができますから。
「ラ行の文字が入ってる人の名前とか書こうとしてるよね」
「瀬戸ちゃんエスパー?!」
エスパー関係なく流れを読めばわかるよね。
あのネタを引っ張ってくるつもりなんだよね。
レオナルドのネタを。
「さて。返してもらおうか」
「いいよ。浩紀に借りるから。ね、浩紀?」
「俺を巻き込むなよ」
くるっと後を振り返ると、三宅くんはものすごく嫌そうな顔をしていて。
古賀くんに奪われないように左手にしかと消しゴムを握り締めている。
「このおまじないってさー」
三宅くんの消しゴムを奪おうとしていた古賀くんが突然、何かを思い出したように喋りはじめた。
「うん?」
「消しゴムを最後まで使い切ることができたら名前書いた人と両想いになるってやつじゃん?」
「らしいね」
「願掛けみたいなもんだろ」
「そうなんだけどさー。消しゴム使い切ったら名前も跡形もなく消えるわけでしょ?」
古賀くんが何を言いたいのかわからなくて、私も三宅くんも黙って聞いていた。
けれどそれに続いた言葉は、
「それってさ、相手に消えてくれっていう意味にも取れるよね」
なんていう、乙女チックなおまじないには非常に不釣合いな禍々しい言葉だったわけで。
「実は黒魔術の一種か?」
「全国の恋する乙女たちも顔面蒼白な解釈だね」
好きな人と結ばれるという色恋ピンクなおまじないも、人によってはまったく違うカラーのおまじないになってしまう、なんていう新しい発見もありつつ。

新しい席になっても、きっと今まで通りの賑やかな生活が変わることはないだろう。

いや、そうじゃない。

それ以上に、賑やかな毎日が待っている。


そう確信している自分がいた。


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