これからはじめるCFD
夏が終わる前に



03. 斜め前の席



私が古賀くん三宅くんコンビとまともに会話をしたのは、二年生の11月頃だったと思う。
あれは、第二中間の数学Uの追試の時だ。

追試が行なわれるのが隣のクラスだったから、私はトイレに寄ってから2年2組の教室へ向かった。
すると、もうすでに多くの生徒が集まっていて、席はほとんど埋まっていた。
真ん中あたりに空いている席を見つけ、そこに座ると真っ先に声をかけてきたのが、右斜め前の席に座る古賀くんだった。
「あれ、瀬戸さん?」
「えっと、古賀くん。なに?」
「瀬戸さんも追試?」
「そうだよ」
「俺、数学の追試は毎回受けてるけど、瀬戸さんが受けてるの初めて見た」
古賀くんはパチパチッと二度瞬きをしてから、珍しいよね、と付け加えた。
「本試受けられなかったから。インフルエンザにかかっちゃって」
「あ、そうなんだ」
本試験の二日前からインフルエンザにかかり、医者から三日間外出禁止令が出されることとなった。
テスト初日の数学Uと世界史は当然の如く受けられず、追試を受けなければならなくなったのだ。

「追試とか初めて受けるよ」
「俺、追試に関してはベテランだから何でも聞いて?」
「それ、全く自慢になってねーから」
私の前の席に座っていた三宅くんが顔を上げて、私のほうを振り返って言った。
「何事も経験することが大切なんだよ。ね?瀬戸さん?」
「そ、そうだよね」
「瀬戸も同意すんな。コイツ、調子に乗るから」
「そうなの?以後気を付けます」
私がそう言うと、三宅くんは「頼むよ」と言って、また机に向かって勉強を始めた。
「古賀くんは勉強しなくていいの?」
「うん。俺、悪あがきって嫌いなんだよね」
「お前はもう少しあがいた方が良いぞ」
「ぷっ」
ノートから目線も上げずに放った三宅くんの言葉に、私は思わず吹き出してしまった。
どうしよう。この二人のやり取りは面白すぎる。
「浩紀だって俺とどっこいどっこいじゃん」
「だからそのどっこいどっこい状態から脱出するために努力してんだろ」
「仕方ないな。俺も努力するよ。ねえ、瀬戸さん?」
「なに?」
「数学って得意?」
「得意ってほどじゃないけど、けっこう好きだよ」
「本当?!じゃあ教えて?」
「別にいいけど……」
「じゃあ、お願いします先生!」
古賀くんの表情がぱっと輝いた気がした。
うん。それば別にいいいんだけど。いいんだけどね。でもさ、
「今から?」
「そ、今から。」
古賀くんはノートとシャーペンを片手に、斜め前の席から椅子を動かして私の席に寄せた。
「はじめるの、遅くない?」
「物事をはじめるのに遅いも早いもないよ。でね、俺、対数がよくわからないんだけど」
いや、コレは完璧に遅いだろう。
しかし本人は俄然やる気だ。このやる気を削ぐようなことを言ってはいけない。
古賀くんのやる気に応えるために、私は自分のために作った解説ノートを使い、可能な限りわかりやすく解説した。
その所用時間およそ10分。
そこで試験監督の先生が来てしまった。
最後まで説明することはできなかったが、基礎中の基礎だけは理解してもらえたはずだ。
「うわー、目からウロコってこういうことなんだ。このノートめちゃくちゃスゴくない?俺、頑張る。ありがとう瀬戸さん」
ニコニコしながら古賀くんは椅子とともに元の席に戻って行った。

50分間に渡るテスト終了後。
解答用紙が回収され、生徒たちが開放感に浸っている中、
「瀬戸さん聞いて!俺、対数の問題解けたよ!!」
嬉しそうに報告してくれた古賀くんの顔は忘れることはできない。
幼稚園に通う息子が運動会のかけっこで一等賞を取って来たという報告を聞いているかのような気分だった。
一瞬だけ母性が芽生えた気がした。
「英志に理解させるとか、瀬戸ってすげーな」
部活道具の入ったエナメルバッグを肩に掛けた三宅くんが尊敬の眼差しを向けてきた。
「え、そうなの?」
「俺だってやるときはやるんだよ」
同じくエナメルバッグを肩に掛けた古賀くんが誇らしげに言った。
「はいはい、そうだな。英志、部活行くぞ」
「うぃー」
「じゃーな、瀬戸。お疲れさん」
「お疲れ、瀬戸さん」
「三宅くんと古賀くんもお疲れさま」
そして手を振って二人が教室を出て行くのを見送った。
私も鞄を手に取り、部活に行こうと席を立った時、
「瀬戸さん!」
「こ、古賀くん?!部活行ったんじゃないの?」
教室前方のドアのところに古賀くんがいた。
ちょっと息が乱れている。
わざわざ走って戻ってきたらしい。
「言い忘れてたから!」
「何を?」
「また数学教えてね!それだけ。じゃーまた明日!」
それだけ言って古賀くんはこちらの返事も待たずに走って行ってしまった。
明日は学校休みなんだけど、などと思いながら私も体育館へ足を向けた。


その後の席替えで古賀くんか三宅くんの席と近くになることが度々あり、ノートを貸したり特別講義をしているうちに、今のように仲良くなってしまったわけだ。



「瀬戸ちゃん、昨日のアレ見た?」
「見た見た!アレはヤバかった」
「そうそうヤバかった。ヤバすぎて思わず叫んだもんね」
「じゃあアレは見た?」
「見た見た!アレはありえないよね」
「そうそう、ありえんかったよね」
「俺にはアレだけで伝わるお前らの会話がありえねーよ」
「これがわからない浩紀もアレだよね」
「そうそう。三宅くんアレすぎるよ」
「どれだよ?!お前ら普通に会話しろよ!」


きっかけは、斜め前の席。


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