これからはじめるCFD
夏が終わる前に



05. 待ち伏せ



「うわっ、瀬戸ちゃんヒドイね」
「水浴びすんの、ちょっと気早すぎね?」
学校に現れた私を見るなり、古賀くんと三宅くんは不審者を見るような目を向けながらそれぞれ感想をもらした。
私だって好きでこんな格好をしているわけじゃない。
「いや、駅と学校の丁度中間地点ぐらいのところで傘がバキッと。仕方ないから近くの公園のゴミ箱に傘捨てて走ってきた」
校門に近づくに連れ突き刺さる好奇の眼差しは耐え難かった。
そりゃ、こんな大雨強風の日に傘も差さずに登校する女子生徒がいたら気になるよね。
私だってガン見するよ。傘忘れるとか、どんだけうっかりさんなのかと。
「駅前のコンビニに戻って傘買えばよかったんじゃねーの?」
「学校の方が近いような気がして」
「そういうときの判断って困るよね」
うちの学校はちょっと田舎で、駅前のコンビニを逃すと二度とコンビニに出会うことが出来ない。
不便だ。その代わり購買は充実しているのだけれど。
「とりあえず、その格好なんとかしろ。風邪引くぞ」
今の私の格好。頭からつま先までビショビショの水びだし。
足元は靴下が気持ち悪いから上履きに替える前に脱いでやった。
だから今は素足に上履き状態。
「いやー、ブラ透けしてなくて残念だね、浩紀」
「ごめんね三宅くん。期待に沿えなくて」
「オイ」
セーター着てたからブラウスが水濡れしてブラが透けるなんて美味しい展開にはならない。
それ以前にブラウスの中にTシャツ着てるから透けることはないのだけど。
ちなみに頭も折角朝結んだおだんごを解いたから、ボサボサの無造作ヘア。
これは女としてどうなんだろう。
「着替え持ってんのか?今日体育ないだろ」
「あるよ。部ジャーだけど。あ、でもタオル忘れた」
「それは大変」
鞄の中を漁れば、そこにあるはずの某有名スポーツメーカーのロゴ入りタオルがなかった。
あ、そうか。昨日入れようとして忘れて机に置きっぱなしなんだ。
「まあ、なんとかなるか。頭は振っておけば自然乾燥するよね」
「乾かねーって。そんだけ髪長けりゃそう簡単に乾いたりしねーよ。乾く前に酔うか首もげるぞ」
「酔いはするかもしれないけど……首はもげないと思うよ、三宅くん」
「これ、使えよ」
私の折角のツッコミも無視して、三宅くんはエナメルバッグの中からこれまた有名スポーツメーカーのロゴ入りタオルを取り出して、私に差し出す。
「え?」
「使えよ。俺、タオルまだ持ってるから」
「いいの?」
「駄目だったらわざわざ出したりしねーから。早く頭拭いて着替えて来い。マジで風邪引くぞ?」
三宅くんがあまりに強めの口調で言うもんだから、これは言う通りにした方がいいと思った。
「ちょい着替えに部室行ってくるわ。もし先生来たら言っておいて?」
「わかったよー」
実は私は女子バスケ部の副部長だから部室の鍵を持っている。
こういうとき、鍵管理係でよかったと思う。職権乱用だけど緊急事体だ。

「あ、HR終わっちゃった?」
無事に部ジャーに着替えて教室に戻ってきた時には、すでに朝のSHRは終わっていたようだった。
「終わっちゃった。先生には言っておいたから大丈夫だよ」
「あんがと、古賀くん。先生なんか言ってなかった?」
「言ってたっていうか、爆笑してたよ。傘も差さずに登校して来た女子生徒がいるとは聞いてたけど、まさかそれが自分のクラスの生徒だとは思わなかったって」
ああそうだろう。
まさか自分のクラスの生徒がそんな馬鹿やらかすなんてね。考えないよね。
「そうだ三宅くん。タオル洗って返すから。もうちょっと待って」
「それはいつでも良いんだけどさ。あのさ、瀬戸」
「なに?」
「今日一日中大雨らしいけど、お前帰りどうすんの?」
「あー……………」
それはまったく考えておりませんでした。
「今日部活でしょ?帰りに誰かに入れてもらえば?」
「あー、それはどうだろう。うちの部でJR通学ってレアキャラでさ。どのくらいレアかというと、ドラ○エでいうとところのはぐ○メタル並み」
「あぁ、それは随分とレアだね」
「でしょ?みんなバス通学か徒歩またはチャリで駅前方面行く人いないんだよね」
「それは大変」
「まあなんとかなるよ」
「なんとかって、お前なぁ……」


*    *    *


「ますみ!傘ないなら駅まで送るけど?」
「いいよ。なっちゃん遠回りになっちゃうじゃんか」
部活終了後の体育館にて、隣のクラスで女バス部長の森本夏芽こと“なっちゃん”からのありがたい申し出。
しかし、徒歩通学圏内にあるなっちゃんの家と駅はほぼ逆方向に位置しているわけで。
「大事なレギュラーメンバーが風邪で欠場になるぐらいなら、ちょっとぐらい遠回りもしてやるっての」
「ヤダ、なっちゃん男前。惚れそう」
「惚れても良いけど、風邪は引かれたら困るんだよ。ましてや肺炎とかさ」
「大丈夫だよ。制服の上にジャージ被って帰るから。制服もだいたい乾いてるしさ。それにもうちょっとシュート練習もしたいし」
「今日ぐらい早く帰ればいいのに」
「いつもやってること外すと調子狂うんだよ」
部活後に毎回やっている自主トレ。スリーポイントシュートの練習。
一年の頃は苦手で全く入らなかったけど、こうして練習を重ねていたらいつのまにか得意になっていた。
それから一度でもサボってしまうとなんだかリズムが崩れてしまうのだ。
「なっちゃん、早く帰らないと光くんのドラマに間に合わないよ?」
光くんというのは、今大人気のイケメンアイドルだ。
ただのアイドルだと馬鹿にしてはいけない。
抜群の演技力も持ち合わせている実力派なのだ。
そんな光くんがなっちゃんはお気に入りらしい。
「光くんよりアンタでしょ」
「うわっ、今すっごいキュンときた!」
「アンタ完璧に古賀くんに毒されてるね。似てきたんじゃない?」
「よく言われる」
同じことを三宅くんや他の野球部の人にも言われた。
似てきたっていうのは自分でも自覚している。
だって、自然に口からポロッと出ちゃうんだもん。
「わかった。これ以上言ってもますみの気は変わらないもんね」
「よくおわかりで」
「当たり前でしょ。自主練の邪魔すんのもアレだから帰るけど、次の試合出れないなんてことになったら、シメるからね」
「肝に銘じておきます」
なっちゃんの目は、本気だ。
じゃーねお疲れさま、と言ってなっちゃんは体育館を後にしていった。

私は床に転がっていたボールを手に取ると、一回、二回、床についてから頭上にボールを構え、ゴールに向けて放つ。ボールは弧を描いてゴールに吸いこまれて行った。
「ナイッシュー」
一人きりの体育館では良いプレーをしても何か言ってくれる人がいない。
しょうがないので自分で自分を誉めてやる。
軽く呟いただけなのに、それは予想していたよりも反響した。

そんな動きを自分で定めた目標回数分だけ繰り返して、自主練を終えた。
ボールの片付けと床を軽くモップがけして、部室へと戻る。

廊下は節電のためにほとんど電気が消されていた。
薄暗い廊下。校内に残っている生徒は数えるほどだろう。
渡り廊下の窓に目をやると、雨が窓ガラスに叩きつけるように降っていた。
こりゃかなりの強風だぞ。
やっぱりなっちゃんに甘えておけば良かったと少しばかり後悔した。

部室に戻ると、真っ先に干しておいた制服の乾き具合をチェックする。
まだ少し湿っぽさは残っているものの、着れないほどではない。
少しぐらいは我慢するさ。まあ、家に着く頃には朝の状態になってるだろうけど。
ブラウスに袖を通すと、雨の日独特の匂いがした。
制服を着てから、最後にその上からジャージを羽織る。
これでなんとか駅まではもつだろう。
そこで傘を買えば良い。よし、完璧だ。
風邪なんて引いてたまるか。なっちゃんにシメられるのだけは勘弁だ。

部室を出て玄関へ向かう。
何か変なものが出たらどうしようとか考えるけど、出たらそれはそれで夏らしいかもしれない。
人気のない廊下は足音が余計に響く。
しかし、玄関へ近づくにつれ、私の足音だけではない音が聞こえてきた。
これは人の声だろうか。
しかも、ものすごく聞き覚えのある二人の声。

「うわっ、負けた。10点差かよ」
「もう少し修行が必要だね、浩紀」
「何してんの二人とも」
それは、古賀くんと三宅くんの声だった。
3年1組の下駄箱前に座りこみ、携帯片手に盛りあがっていた二人に声をかけると、4つの目が同時にこちらへ向けられた。
「あ、お疲れ瀬戸ちゃん」
「うっす」
「お疲れさま……ってそうじゃなくて。今日は中トレでしょ?なんでまだいるの?!」
通常外で活動する部活は、今日は廊下なり階段なりを使用した屋内トレーニング、通称“中トレ”に切り替わるはずだ。
それはそんなにバリエーションがないから、かなり早く解散になるはずなのに。
なんでまだ二人がここにいるのだろう。
「いや、中トレ自体は早く終わったんだけどね」
「そのあと部室で野球部のやつらとトランプしてたらすげー盛りあがってさ」
「ちょっと前に帰ろうとしたんだけど、ゲタ箱見たら瀬戸ちゃんの靴がまだあったから」
「で、さっき体育館覗き見した」
「わざわざ待っててくれたの?」
二人は、そうだよ、と言って笑った。
なんて良い人たちなんだ。
「だって、こんな天気の中、傘持ってない女の子一人で帰せるわけないでしょ」
「しかも朝より雨脚も強くなってるしな」
「ジェ、ジェントルマン……」
「それに俺らもJR組だしね」
「早く帰ろうぜ。これ以上雨強くなったら傘も無意味になるぞ」
「うん!」

私たちが学校を出た瞬間なぜか風が一層強くなった。
横なぐりの雨の中歩いて駅へ向かう。これもある意味トレーニングに近いと思う。
結果、三宅くんの予想通り傘も無意味になって、結局三人揃ってズブ濡れになったわけだけど。

「古賀くん、三宅くん」
「ん?」
「何?」
「ありがとう!」
「「どういたしまして」」


たとえ雨でも、
一人じゃないなら。


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